『名もなき生涯』テレンス・マリック

死を賭して善を問う殉教者の祈り

《公開年》2019《制作国》アメリカ、ドイツ

《あらすじ》1939年、オーストリアの美しい山あいの村。ここで農業を営むフランツ(アウグスト・ディール)は、妻ファニ(ヴァレリー・パフナー)や3人の娘たちと穏やかな生活を送っていた。
ある日、フランツの元に召集令状が届くが、彼は「罪なき人を殺せない」と言い、ヒトラーへの忠誠を拒み、兵役を拒否した。
牧師は「銃殺刑になるから、家族のためにも考え直せ」と言う。司教も「神が与えた自由意志、祖国への義務がある。これが教会の答。上に立つ権威に従え」と警戒して本音を言わない。
フランツの噂は村中に広まり、村人からは危険人物のように見られ、裏切り者と言われ、一家して孤立を深めていく。しかし彼の決意は固く、ファニもその意志を支える覚悟を決める。
1943年3月、フランツは軍部基地に出頭し、忠誠宣誓を拒否したため、直ちに収監された。牧師は「抵抗して何になる。得るものはない」と諭し、弁護士は「病院の雑用係にでも」と誘導するが、「過ちだと信じていることは出来ない」と頑なに拒否した。
軍事法廷での判決は死刑。ファニは弁護士や神父と共に面会し、執行猶予申請を持ち掛けるが拒否され、夫の決意の固さを知ったファニは「愛している。何があろうとあなたと共にいる。正義を貫いて欲しい」と受け入れた。
同年8月、刑が執行され、村には鐘の音が響き渡り、村人たちは彼のために祈りを捧げた。
最後にジョージ・エリオットの言葉が流れる。「歴史に残らないような行為が世の中の善を作っていく。名もなき生涯を送り、今は訪れる人もいない墓で眠る人々のお陰で物事がさほど悪くならないのだ」。

《感想》第二次世界大戦下のオーストリアで、占領国であるナチスドイツへの忠誠と兵役を拒否して、神に殉ずることを選び処刑された男。周囲の多くが“形式的な妥協”を勧めたが、それを頑なに拒み、男の決意の固さを知った妻はそれを受け入れる。
戦争の罪悪と男の主張の正しさは理解するが、同時に無謀な抵抗であって誰も幸せにしない、と観客の誰もが思う。
家族を捨ててまでという頑なな思いが理解できず、死を選ぶことも罪ではないか、もっと賢明なやり方はないのか、と考えてしまう。
極論だが、どうしても自分の意志を通したければ、ヒトラーへの不服従を胸に兵役に就いて、戦場で身をさらして戦死を遂げれば、家族は戦没者の遺族として厚遇されるはずである。
この哲学的宗教映画は、なぜ脇目を振らずに神に殉じたかを問う。ラストシーンでやっと答らしきものに出会った。
運命の日を迎え、村には鐘の音が響き渡り、村人たちは彼のために祈りを捧げた。その時、死をもって兵役拒否の意志を貫いた彼を、もはや誰も“裏切り者”と呼ぶことは出来ない。村人の葛藤らしきものが感じられて、そこにわずかな希望を見た。
彼の行為が人々の善意を目覚めさせ、深い信仰の意味を示したとするならば、犠牲を払って抵抗した意味が見出せるのではないか。
善なるものと信仰への思いを各人が共有し、それが人と人の繋がりを促すものであるならば、そこに宗教的役割は存するのではないか。
信仰なき者には理解困難だが、こんなメッセージと受け止めた。
映像が素晴らしい。ワイドレンズで壮大な自然をとらえ、極端な接写で人物の存在感を際立たせ、カメラは縦横に移動して自然に位置する人物を追う。自然光のみでの静謐で荘厳な映像に圧倒される。
長尺だが、信仰を守って生きる困難さを描くには必要な時間だったのかと思う。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操、が映画選びのモットーです。 映画を通して人生を見つめたい、そんな思いで“映画の旅”をしています。