『マジェスティック』フランク・ダラボン

信念なき男が勇気を持って問う自由と正義

《公開年》2001《制作国》アメリカ
《あらすじ》1951年のハリウッド。新進脚本家ピーター・アプルトン(ジム・キャリー)は、B級映画の脚本を書きながら、いつかはA級作品を作ると意気込んでいた。
当時のアメリカでは共産主義者を追放しようとする“赤狩り”が行われていて、ある日、学生時代に反戦集会に参加していたことが知られた彼は共産主義者と誤解され、スタジオとの契約を破棄され、恋人には振られてしまう。
絶望した彼はやけ酒を飲んで車を走らせ、車ごと橋から落ちて川に流されて、ローソンという町の海岸に打ち上げられる。散歩中の老人に助けられるが記憶を失っていた。
ローソンは、戦争で多くの若者を失い、残った人々の心に大きな傷を残していて、彼が第二次大戦で行方不明になっていた町の英雄ルークにそっくりだったため、ルークの父ハリーは息子と思い込み、町の人々からもルークと勘違いされ受け入れられてしまう。
ハリーの家は、廃業した映画館「ザ・マジェスティック」上階のアパートで、ハリーは息子が愛した映画館を再開しようと決意する。一方ピーターは、ルークの元恋人で弁護士を目指すアデル(ローリー・ホールデン)に出会う。
その頃ハリウッドでは、彼が共産党に殺害されたか、あるいは国外逃亡かの憶測が出て、彼はFBIから追われる身となった。
やがて町をあげてルークの歓迎会が開かれ、ピーターが本当にルークなのか疑う人も出るが、ピーターは町の人たちの協力を得て映画館の改修に動き出す。
映画館「ザ・マジェスティック」は改装オープンし、ある日、彼が脚本を書いた『サハラの盗賊』が上映され、それを見て彼の記憶が甦る。時を同じくハリーが倒れ、ピーターはハリーを悲しませないようルークを演じ、ハリーは息を引き取った。
ハリーの葬式の後、自分がルークでないことをアデルに打ち明けたピーターは、彼女が既に気づいていて、生存を信じたかった彼女の気持ちを知る。そこへFBIが聴聞会への召喚状を持って現れ、共産党員として証言し声明文を読めば放免する、と脅された。
翌朝、アデルの父から彼女の『憲法』の本とルークの手紙を受け取る。そして彼はルークのように闘うことを決め、聴聞会では、自らの言葉でルークについて話し始めた。
「僕には信念がないが、ルークには信念と勇気がある。ルークたちが守りたかったのはこんな国じゃない」。憲法に記された自由の国家理念を論じ、「この自由を守らねば彼らの死が報われない」と訴えた。
傍聴者も、テレビやラジオで聴いたローソン町民も彼に拍手を送った。アデルに会おうとローソンに向かった彼は、駅で町民の歓迎を受ける。
スタジオに脚本家として戻る道も開かれていたが、彼は町の映画館で働き、やがてアデルと結婚した。

《感想》1950年代にハリウッドで行われていた“赤狩り”を背景に、仕事を失い絶望した男が事故で記憶喪失になって、海辺の町に流れ着く。戦争で若者を失い寂れた町は、輝きを取り戻そうと彼を英雄として受け入れるが、一方でFBIの手が伸びてくる。
やがて記憶を取り戻した男は聴聞会で「戦死した人たちが守ろうとした我が国の自由と正義を守らなければ……」と訴える。
信念のなかった男が、勇気と信念を持って政府と闘う物語で、若干ファンタジー感が漂っている。
当時のアメリカは、戦後の米ソ冷戦以降、反共産主義を掲げて共産主義者やその支持者を追放しようと暴走し、自由と民主主義が危機に瀕していた。
その状況はラストの聴聞会シーンで明らかにされるが、「なぜ自由の国アメリカでこんな思想弾圧が起きたのか」という時代背景を、最初に丁寧に描いていればもっと理解と共感が得られたのではないかと惜しまれる。
同監督は、スティーブン・キング原作の前作『ショーシャンクの空に』『グリーンマイル』が名作として高評価を得ているが、オリジナル脚本の本作は劇的な展開がないせいか、評価は今一つの感がある。
先の二作が力作であり傑作であることは否定しないが、本作のように、少し肩の力が抜けて、楽しめて、素直に感動する作品も捨て難い。
地味だが繰り返し観たくなって、じんわりと心に沁みる名作だと思う。

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投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操、が映画選びのモットーです。 心に響くドラマを求めて、映画の中の人生をあちこち旅しています。