『イーダ』パヴェウ・パブリコフスキ

過去をたどって迷う信仰と世俗の幸せ


《公開年》2013《制作国》ポーランド
《あらすじ》1960年代のポーランド。修道院で孤児として育った少女アンナ(アガタ・チュシェブホフスカ)は、ある日、修道長から唯一の肉親である叔母ヴァンダ(アガタ・クレシャ)の存在を教えられ、修道女として完全に俗世と関係を断つ前に会うよう勧められる。
気が進まないまま、ヴァンダの家を訪ねたアンナは驚きの過去を聞かされる。
アンナは、「イーダ・レベンシュタイン」という名のユダヤ人で、母はルージャ、父はハイムといい、第二次大戦中にホロコーストの犠牲になったという。
イーダは、故郷に行って両親の墓参りをしたいと望むが、ヴァンダは、ユダヤ人のルージャたちの遺体が何処にあるか分からないと言う。
二人はルージャたちの墓の在り処を探ろうと、車で故郷ピャスキに向かう。
故郷の住んでいた家には、現在、フェリクス一家が住んでいた。町の誰に聞いても、皆ユダヤ人について話すことを避けている。
フェリクスもユダヤ人との関わりを話そうとしないが、フェリクスの父親シモンが大戦中、迫害されたユダヤ人たちを匿っていたこと、シモンは他の町に越したことを聞きだす。
シモンの住む町に向かう途中にヴァンダから、今は判事だが戦後は検察官をしていて、多くの反体制派の人間を処刑したと打ち明けられる。
町の手前で、ヴァンダはヒッチハイク中のサックス奏者の青年を拾う。青年は町のホテルで演奏することになっていて、その夜の公演に二人を招待した。
シモンの住所を聞き出し、二人は自宅を訪ねるが、入院中で会えなかった。
夜、ヴァンダは酒を飲み、ダンスに興じたりしているが、イーダは部屋で静かに過ごし、眠れない夜更けのレストランで、青年と言葉少なに会話を交わす。
翌日、イーダたちは入院中のシモンを訪ね、かつて庇いきれなくなったユダヤ人を殺して埋めたことを聞かされる。ルージャも、ルージャに預けられていたヴァンダの息子も殺され埋められていた。
ホテルに戻ったイーダたちの元にフェリクスがやってきて、ルージャたちを埋めた場所を教える代わりに、老い先短いシモンに関わらないよう懇願した。
翌日、フェリクスと共に町外れの森に行き、掘り起こした場所から、イーダの両親、ヴァンダの息子の骨を持ち帰る。イーダたちは、一族の墓に埋めようとルブリンに向かい、共同墓地に葬った。
修道院に戻ったイーダは、修道女になる決意が揺らぎ、修道誓願を辞退する。一方、ヴァンダは酒浸りになり、悲嘆に暮れる日々を過ごしていたが、ある日、自室の窓から飛び降り自殺する。
イーダはヴァンダの部屋を片付け、ヴァンダのドレスや靴を身に着け、酒を飲み煙草を吸ってみた。
ヴァンダの葬儀の日、イーダは青年に再会する。二人はバーでダンスをしてヴァンダの部屋で一夜を共にし、青年は結婚を申し込んだ。
しかし翌朝、イーダは修道服を身に着け、眠っている青年を残して部屋を後にし、修道院へと帰って行った。

《感想》修道院で孤児として育ったユダヤ人少女は自らの「見知らぬ過去」を求め、その叔母は「置き去りにした過去」の結末を知ろうと、女二人が旅をする。
神を信じることはなく、現実からも逃げ続けてきた叔母は、その残酷な結末に耐えられず、自らの生にピリオドを打った。
新鮮で刺激的な外の世界に触れ、また救いのない現実にも触れた少女は、自らの信仰と、世俗的な女性の幸福の間で揺れる。
好意を抱く青年からプロポーズされ、彼が語る“幸せな人生”に「それから?」と催促するように問いを発する。俗世への不安と希望が入り混じり、自らの迷いを表しているようで、どこか切ない。
そしてプロポーズを受け入れることなく、彼の元を去って行く。一度疑った信仰を再認識し、覚悟が芽生えた瞬間でもあった。
妄信的に従ってきた信仰ではなく、絶望から人を救う神に望んで仕えよう。自分を縛る全てのしがらみから解放され、より広い世界に希望を託して生きよう、という強い意志の表れだった。そんな少女の成長譚である。
撮影のウカシュ・ジャルは本作で多くの映画祭撮影賞を受賞しているが、モノクロ、スタンダードサイズの映像、計算された構図は、全編絵画的でクラシックな映像美に溢れている。
静かで重苦しい世界ではあるが、淡々と描かれる物語が深く沁みる。

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投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操、が映画選びのモットーです。 心に響くドラマを求めて、映画の中の人生をあちこち旅しています。