夢を追い時代と闘った女性の半生
《公開年》2018《制作国》オランダ
《あらすじ》1926年のニューヨーク。指揮者を夢見ながら劇場で働くウィリー(クリスタン・デ・ブラーン)は、指揮者メンゲルベルクの演奏を目の前で聴きたいと通路の先頭に陣取る暴挙に出て仕事をクビになった。
このトラブルで劇場スポンサーの御曹司フランク(ベンジャミン・ウェインライト)と最悪の出会いをするが、何度か偶然の再会をするうち二人は惹かれ合うようになる。
その後、指揮者でピアニストのゴールドスミスと出会ったウィリーは、彼のピアノ・レッスンを受けるために職探しをし、ロビン(スコット・ターナー・スコフィールド)の世話でナイトクラブのピアノ弾きになるが、そのことで母親と口論になる。その時、自分が実の娘ではなく養子で、出生名は「アントニア・ブリコ」であることを知る。
音楽学校の入試に合格したウィリーは、仲違いした母親から家を追い出されてロビンの家で居候することになり、学校では改めてゴールドスミスの指導を受けるが、彼のセクハラと偽証によって退学になってしまう。
これを機にウィリーは出生名の「アントニア・ブリコ」を名乗るようになるが、実母死亡の知らせを受けて、恋人となったフランクの反対を押し切り、生まれ故郷のオランダに渡った。
1927年のアムステルダム。尼僧の叔母に会い、過去の経緯を聞く。アントニアはオランダで生まれて間もなく一時的な養子に出されるが、養父母はアントニアを実母に返さず、誘拐するかのようにアメリカに渡ってしまったという。
メンゲルベルクの紹介で、ベルリンの指揮者カール・ムックに師事することになったアントニアは、努力の末に音楽アカデミー指揮科に入学する。
一方、フランクからプロポーズされるが、家庭に入ることを望む彼を受け入れられず、フランクに別れを告げた。その後も努力を続けるアントニアは、アメリカの「支援する女性」を名乗る人物から金銭的援助を受ける。
1929年のベルリン。アントニアに先んじてのベルリンフィル初の女性指揮者が大失敗し、改めて女性への風当たりの強さを感じる。更にフランクの婚約・結婚の知らせに動揺して挫けそうになるが、ムックの支えによって初の公演を成功させた。
1933年のニューヨーク。アメリカに招聘されるが、実績がなく女性であることから楽団員らの態度は冷ややかで、そこで彼女は女性のみの交響楽団を作ることにする。そこにベース奏者として応募してきたロベルタがロビンであることを見破るが、実はロビンは音楽家になりたくて男装をしていた女性で、かつての“支援女性”がロビンであったことを知る。
女性交響楽団への風当たりは強く、ゴールドスミスと激しく対立するが、フランクの支援によって公演には多くの観客が集まり、かつてアントニアがしたように、フランクは通路の先頭に椅子を置いて陣取り、公演が始まった。
エピローグで、アントニアは生涯を音楽に捧げるが、首席指揮者にはなれず、有名交響楽団には女性の首席指揮者がいないと紹介される。
《感想》クラシック音楽界にまだ女性指揮者が存在せず、女性の社会進出が困難だった時代に、悲劇的な出自、恵まれない生活環境を超え、恋愛も捨てて強い向上心だけで輝いていった女性指揮者アントニア・ブリコの自伝的ドラマ。
「指揮者は専制君主」という師匠の言葉に従い、周囲との衝突は顧みず、女性蔑視の壁と闘いながら突き進む姿は颯爽としていて、猪突猛進型の魅力的な女性像として描かれている。
恋愛よりも音楽への夢を優先させたアントニアだったが、恋人フランクの婚約の知らせを受けて慌てて求愛の手紙を送り、しかし返事がないまま拒絶される。一方フランクは、かつて愛する故の束縛からアントニアの才能を葬り去ろうとしたことを詫びる。このすれ違いは、結果として正解かもしれないが、どこか切ない。
驚きはロビンの存在で、女装しての登場には唖然としたが、まさか女性とは思わなかった。音楽家になりたくて男になったというが、アントニアの窮地を救うためとはいえ“望まない女性の姿”になる苦しみは如何ばかりか。
この一途な献身の源は音楽家としての強い憧れなのか、それとも同性愛なのか分からないが、彼女の視線は常に温かく、その生きづらさを思うと切なくもある。
伝記をベースにしているが、軽妙な演出と漂うユーモアは実に細やかで、アントニアにとっての真の幸福、彼女の夢を阻む社会的な壁、それらを問う眼差しには女性監督らしい共感と無念さが滲んでいる。
音楽映画というより女性映画の趣きが強い。
※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。