『ゲット・オン・ザ・バス』スパイク・リー

様々な差別と無理解を巡る群像劇

《公開年》1996《制作国》アメリカ
《あらすじ》1995年のロサンゼルス。2日後にワシントンで行われる「100万人の大行進」に参加するためのツアーバスが出発する。
大行進は、黒人イスラム教指導者ルイス・ファラカーンが全米の黒人に呼びかけたもの。しかし、バスに乗り込んだ12人の黒人男性は階層、出自、考え方がそれぞれ異なり、最初は大合唱が生まれ黒人のノリで盛り上がっていたものの、諍いや反目が生まれてくる。
問題児の息子を手錠でつないだエヴァン(トマス・ジェファーソン・バード)、駆け出し俳優で虚栄心に満ち絡みグセのあるフリップ(アンドレ・ブラウアー)、車中の混沌をカメラに収める映画学校の学生エグゼビア(ヒル・ハーパー)、元ギャングで今はイスラム教徒の非行少年指導官ジャマール(ガブリエル・カセース)、ギャングに殺された元警官の父親を持ち、母親は白人という現職警官のゲリー(ロジャー・グエンヴァ―・スミス)、不当解雇に遭い心臓に持病を抱えながら参加している老人ジェレマイア(オシー・デイヴィス)、別れ話でもつれるゲイのカップルなど。そんな乗客をうまくまとめるのはベテラン添乗員のジョージ(チャールズ・S・ダットン)だった。
道中、バスが溝に落ちてエンストし、替りのバスと新しい運転手のリック(リチャード・ベルザー)がやってくるが、彼は白人のユダヤ人で、車内の差別・被差別の構図がますます複雑になって、険悪なムードになってしまい、絡みに耐えられなくなったリックは途中でバスを降りてしまう。
ジョージとエヴァンが交代で運転に当たるが、途中で車販売をするという金持ち黒人を拾う。共和党支持だというエリートの彼は持論を展開し、反感を買ってバスから追い出されてしまう。
その後も、元ギャングのイスラム教徒と父親をギャングに殺された警官の対立、ゲイカップルと絡みグセ俳優の喧嘩、逃げ出した息子を改心させようと諭す父親の騒動があって、賑わうワシントンに着いた。
しかしその車中でジェレマイアが心臓発作で倒れる。キング牧師の演説で有名な63年のワシントン大行進に参加できなかった彼は、死ぬ覚悟で今回の行進に臨んでいたのだ。
エグゼビア、エヴァン親子、ジョージたちは行進に参加せず病院に残り、他の乗客も心配して途中で引き返してきたが、彼は間もなく息を引き取った。
彼の遺品である太鼓の中から一枚のメモが見つかる。それはジェレマイアがスピーチに用意していた祈りの言葉だった。一行はリンカーン像の前でその祈りの言葉をしっかりと胸に刻んだ。彼らが去った後には、エヴァン親子をつないでいた手錠が残されていた。

《感想》犯罪や貧困のない社会をと呼びかける「100万人大行進」に参加するため、ツアーバスに乗り込んだ黒人男性たち。大合唱に始まるが、次第に諍いや反目が生まれ、それぞれの出自やこれまでの人生が明かされていく。
一口に“黒人”といっても様々で、そのキャラ設定が面白い。
差別されてきたと語るのは、白人の母親を持つハーフの警官、ゲイのカップル、不当解雇された老人、ユダヤ人の運転手。
そこに盗癖がある息子と改心させようとする父親、元ギャングで今はイスラム教徒の非行少年指導官、絡みグセがある若手俳優、後に金持ち自慢の実業家が加わり、対立の構図がより複雑になってくる。
だが、目的地に着く頃には互いの違いを認め合い、壁を取り払っていた。 
敵意むき出しで絡んでいた“差別と偏見”に満ちた若手俳優も、徐々にメンバーと打ち解けていき、死を賭して参加した老人の祈りの言葉に神妙な面持ちを見せる。虐げられた者の痛みを知ることで変わっていく。
その一方、結局誰も行進に参加せず帰ることになる。添乗員ジョージが説く「何をしたかでなく、これから何をするかだ」という言葉通り、大切なのは、自らの差別意識を克服して行動に結びつけようということなのだろう。
黒人に限らず人間は様々だから違いを認め合おうというメッセージと共に、紆余曲折を経て一つにまとまっていくエンディングは、祈りにも似た深い余韻を残す。
見事に構成された群像劇で、彼らのノリのいい音楽センスに彩られた作品でもある。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操、が映画選びのモットーです。 映画は時代と人生を映す鏡。心に響くドラマを求めて、“映画の旅”を楽しんでいます。