『30年後の同窓会』リチャード・リンクレイター

戦争の意味と深い悲しみの狭間で

《公開年》2018《制作国》アメリカ
《あらすじ》イラク戦争中の2013年、通称サル(ブライアン・クランストン)が経営する酒場を、通称ドク(スティーヴ・カレル)が訪れる。彼はかつてベトナム戦争に従軍した仲間で、30年ぶりの再会だった。
昔話に花を咲かせ、翌日はドクの誘いでノーフォークにある教会に行く。そこには二人の共通の友人、ミューラー(ローレンス・フィッシュバーン)が牧師を務めていた。
昔は荒くれ者だった彼は戦争で足を痛め、今は杖を突いている。ミューラーは二人を家に招いて、その食事中、ドクがここに来た訳を打ち明ける。
妻が今年1月にがんで亡くなり、一人息子がバグダッドで戦死したという報せを受け取った。これからアーリントン墓地で軍葬があるので、二人に同行して欲しいという。二人はドクに付き添うことにする。
車でワシントンに向かう三人は徐々に昔の親密さを取り戻し、遺体が安置されているドーバー空軍基地に着くと、ドクの息子ラリーの棺が置かれていた。
上官から「損傷しているので見ない方がいい」と言われるが、それを押し切り遺体と対面したドクは、言葉もなく崩れ落ちた。
その時サルとミューラーは、亡くなったラリーの同僚で友人のワシントン(J・クイントン・ジョンソン)に話を聞く。それによるとラリーの死は戦場ではなく、街中でイスラム教徒に背後から突然撃たれたものだという。
戦死ではないことを知ったドクは、このままラリーをアーリントン墓地には埋葬せず、自宅に連れ帰ると言い出す。
ミューラーは一人バスで帰ろうとするが、トラックを借りたレンタカー店で彼らをテロリストと勘違いした店員の通報で、三人とも拘束されてしまい、この事件によって三人は再び一緒になった。
しかし棺は軍に回収されてしまい、軍の立会人としてワシントンが同行し、列車でポーツマスまで移動することになった。列車で思い出話をする中、三人にとって苦いトラウマになっている海兵時代の体験が明らかになる。
従軍中、衛生兵のドクが管理していたモルヒネを乱用して使い切ってしまい、仲間が瀕死の重傷を負った際に、鎮痛出来ずに苦しみながら死なせてしまった。その結果、ドクは懲戒で服役し、サルは酒に溺れ、ミューラーは聖職を選んだのだった。
サルは亡くなった戦友の実家を訪ねて、遺族に事実を打ち明けようと二人を説得するが、いざ家に招き入れられると、母親から「息子が救った戦友か」と問われ、真実を言い出せず、その言葉を肯定した。
ようやくドクの家にたどり着き、翌日、葬儀が行われる。海兵の軍服に身を包んだサルとミューラーによって軍隊式で行われ、ドクに星条旗が渡された。
そしてワシントンは、ラリーから預かっていたという手紙を渡す。そこには両親への感謝と、軍服で母の隣に埋葬して欲しいと書かれていて、息子の最後の望みを叶えることができたドクは涙を流した。

《感想》ベトナム戦争で心身共に傷ついた男たちが30年ぶりに再会し、イラク戦争で死亡した息子の遺体を連れ帰る旅なのだが、そこに彼らの過去のトラウマが重ねられていく。
次の二つのシーンが印象に残った。
1)三人のせいで苦しんで亡くなった戦友の母親を訪ね、真実を打ち明けようとするものの、「友を救って戦死した」と信じる母親には言い出せなかった。
2)戦争以外の不慮の死を遂げた息子をどう弔うか迷うドクだったが、結局、軍服を着せ軍隊式の葬儀を行い、息子もそれを望んでいた。
この母親もドクも、似たような立場にあったのだ。
「何のための戦争だったのか」よく分からず、真実も見えず、個人の尊厳と遺族への配慮のために、全て“英雄的戦死”という美名で覆ってしまうことへの揶揄が見える。
諦め半分だが、それを当人も遺族も望んでいるところに、戦争を繰り返してきたアメリカという国の不幸も見える。「避けられない戦争を自分の人生でどう意味づけるか」、国策と自分の折り合いが求められているようで辛い。
ロードムービーらしくない会話劇で、回想シーンもなく30年という時の流れを描くあたりがリンクレイター監督らしい。
そしてコメディタッチではあるのだが、その笑いは苦く重く、一見粗野、敬虔、真面目という三人のバカ話がしみじみと心に響く。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操、が映画選びのモットーです。 心に響くドラマを求めて、映画の中の人生をあちこち旅しています。