『夕陽のあと』越川道夫 2019

実母か養母か、愛する子を巡る葛藤

《あらすじ》鹿児島県長島町。漁業の盛んなこの町で、ブリの養殖を手掛ける優一(永井大)と妻の五月(山田真歩)の夫婦、優一の母・ミエ(木内みどり)と7歳になる里子の豊和(とわ:松原豊和)は暮らしている。
優一と五月は子宝に恵まれず、町役場の紹介で当時乳飲み子だった豊和と巡り合い、夫婦は豊和と“本当の家族”になるべく、特別養子縁組を考えている。
毎朝、同級生と通学する豊和に声をかける女性、茜(貫地谷しほり)は、1年ほど前に島のプロジェクトで移住し、町の食堂で働いていた。
島の子どもたちの中でも特に豊和を気にかける茜。小学校のキャンプに参加した時も、一緒に写真を撮り、子守唄で添い寝をするなど、豊和に付きっ切りの茜だった。
五月は、まるで母親のように振舞う茜の姿に違和感を覚え、何とも言えない不安を抱くのだった。
茜に好意を寄せている役場職員の秀幸(川口覚)は、茜が仕事を休んでいると知って見舞いに行き、独身の茜の部屋に幼児用おもちゃを見つけ疑念を抱く。
一方、優一と五月は特別養子縁組の話を進める上で、生みの親の同意が必要なのだが、未だに親の消息が掴めずにいて焦りを感じていた。そんな時、二人は豊和の隠された境遇を知る。
彼は生後3か月でネットカフェに置き去りにされた事件の被害者で、生みの親の名前を知った五月は、茜の思惑を知ることとなり、茜の家に行って食事をしている豊和を連れ戻した。
翌日、五月と茜は鉢合わせをし、「島から出ていけ!」「あの子の母親に戻りたい」と気持ちをぶつけ合った。
五月は意を決し、茜と豊和の全てを知るべく事件の起きた東京に向かう。
児童相談所の保護司から事情を聞き、孤独と貧困とDVによって追い詰められ、乳飲み子を置き去りにして、自分はビルから飛び降りようとしたが思いとどまったという。
ネットカフェ、ビルの屋上、働いていた工場を訪ね、豊和に対する想いを綴った記録を見て、茜の苦悩に思いが及んだ。それでも五月は豊和を手放すつもりはないと言い張ったが、祖母のミエから「子どもは預かりもの。いずれ島を去る日が来る」と諭された。
五月と茜が喧嘩していると思い込んだ豊和は、茜の元を訪ね、代わりに謝りに来たと言う。「茜もお母さん」だと言い残して帰った。
五月と茜は船上で二人だけの時間を持った。豊和を産んだ傷は今でも痛むと話す茜だが、豊和が五月をいかに愛しているかも痛感していて、二人は互いに感謝の気持ちを伝えあって和解した。
茜は「豊和が島を出ることがあったら迎える」と五月と約束を交わし、島を去った。

《感想》7歳の少年の親権を巡って、生みの親と里親の女性二人が争う。
どちらが母親にふさわしいか、子どもにとってどちらが幸せか。
愛情ばかりでなく「母親になりたい」という執着やエゴが見えたりして、それが一層リアルな感情のように思えるし、どちらの思いも分かるから肩入れできなくて気持ちを揺さぶられる。
結局、養母は実母の壮絶な過去を知って軟化し、実母は子どもの養母への深い愛を知って身を引いた。
海は「夕陽のあと」が一番凪いでいて温かいという。この結論が正解か否かは分からないが、子どもの思いが二人の頑なな心を溶かし、凪と温かさをもたらしたことは確かだ。
貫地谷しほりと山田真歩、二人の感情むき出しの熱い演技に涙を誘われ、遺作となった木内みどりの温かい存在感に安堵し、素人だという豊和少年のひたむきさに心打たれた。
ただ、養母が実母の過去をたどり、その秘密が容易に明かされていくという描き方は誤解を招くかと思う。実際の現場はもっとデリケートなはずである。
実母・養母の気持ちの揺れが軸のヒューマンドラマなので、“便宜上”の展開と解釈しているが、制度の実態についても気配りが欲しかった。
本作は、鹿児島県長島町の“町おこし映画”だが、そのレベルをはるかに超えて、広く共感を呼び深く心に刺さる傑作になったと思う。

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投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、映画選びのモットーは温故知新、共感第一、ジャンル無節操、です。 映画は時代と人生を映す鏡。心に響くドラマと快楽を求めて、“映画バカ”をやっています。