『ある画家の数奇な運命』F・H・V・ドナースマルク

戦争、自由、芸術……青年画家の苦悩

《公開年》2018《制作国》ドイツ
《あらすじ》1937年、ナチス政権下のドイツ。絵を描くことが好きだったクルト少年は、芸術を愛する叔母エリザベト(ザスキア・ローゼンダール)に連れられて美術館に通い、その影響で絵画に強い関心を持っていく。
しかし、感受性の強いエリザベトは、妄想に囚われ精神のバランスを崩してしまい、統合失調症との診断で強制入院させられる。
当時のヒトラー政権下では、精神病者や障害者を排除する政策がとられていて、ナチス高官の医師だったカール・ゼ―バント(セバスチャン・コッホ)の診察を受けたエリザベトは、容赦なく病院から収容所送りとなり、終戦を前にガス室で安楽死させられた。
1945年5月。ドイツが敗戦すると、ゼ―バントはソ連軍に逮捕され、かつての党員として排除される側に立つが、ソ連軍少佐の妻の難産を手助けすることで、特別待遇を与えられ無罪放免となった。
1951年。青年になったクルト(トム・シリング)は東ドイツで看板を書く仕事に就き、やがて美術学校に入学するが、家族のために自らの主義を曲げナチ党員になった父を自殺で失う。
そんな時、学校でエリー(パウラ・べーア)に出会い恋に落ちるが、なんとエリーの父親が、愛する叔母に安楽死の決断をした医師、ゼ―バントだった。
1956年。エリーが妊娠するが、娘の結婚に反対するゼ―バントは、二人に嘘をついて自らの手で中絶させてしまう。
1957年。ゼ―バントは、ソ連当局の捜査から逃れるため西ドイツに逃亡することになり、ようやく両親から結婚を認められたクルトとエリーは、壁画制作の仕事をして慎ましく暮らし始めた。
1961年。壁画制作をしていたクルトは徐々に社会主義への疑念が深まり、創作意欲を失っていき、真実を求めてエリーと共に西ドイツに渡ることを決心し実行に移す。ベルリンの壁が築かれる直前だった。
デュッセルドルフ芸術アカデミーに入学したクルトは、その革新性、独創性に刺激され、インスピレーションに任せた創作活動を行うが、教授から「これは君じゃない」と否定され、行き詰って焦燥の日々を送る。
そんなクルトにひらめきを与えたのは、安楽死政策の責任者クロルが18年過ぎて逮捕されたという新聞記事だった。叔母の「真実は全て美しい」という言葉を思い出し、夢中でその写真を模写した。
出来上がったのは、逮捕の写真と、叔母と幼少期の自分、義父ゼ―バントの写真をコラージュさせた「真実」を絵にしたものだった。その絵を見たゼ―バントは、罪の意識に狼狽し取り乱した。
フォト・ペインティングという自身の芸術を確立したクルトは、やがて個展を開くまでになり、人気を不動のものにしていった。

《感想》主人公のクルトは、大戦下の幼少期にナチスの恐怖政治にさらされ、戦後の社会主義国家では「人民に奉仕する職人」であることを求められ、西ドイツに渡ってやっと表現の自由を得て、独自の芸術にたどり着く。
クルト少年にとっては、憧れの叔母の存在と「真実は全て美しい」という言葉が芸術の原点だったが、その叔母はナチスに囚われ、彼女を死に追いやったのがナチ高官だった義父という運命のいたずら。
後に、叔母、ナチス、義父、三つの「真実」から目をそらさずコラージュさせることで、美しい絵画へと昇華させ、長年の憎悪と苦悩から解放されていく。
全編、豊かな色彩と多彩なカメラワークによる映像美、緻密なストーリー構成で描かれ、3時間超という長尺だが飽きることはない。
しかし、モデルとなった画家ゲルハルト・リヒターは、妻と義父に関する過剰な脚色に激怒したという。
これは具体的なモデルがある場合に起こる、プライバシーと芸術表現の対立なのだが、ドラマの展開からすれば、家族内の愛憎やスキャンダラスな一面を描かざるを得ないことは理解できる。
ただ実話ベースで、どこからが創作か分かりにくい作品であれば、それなりにモデルに対する配慮が必要で、父親が娘の中絶手術を行うなどのセンシティブな事柄は、事実か否かはともかく、当事者には辛い話だと思う。
全体的に伝記的色合いの淡々とした描き方なので、なおさらその感が強い。
優れた芸術映画だと思うが、他人の知られたくない過去まで世間に晒してしまう、危険性と重みについて改めて考えさせられた。

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投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操、が映画選びのモットーです。 映画を通して人生を見つめたい、そんな思いで“映画の旅”をしています。