『P K』ラージクマール・ヒラニ

笑いと涙で繰り広げる宗教論議

《公開年》2014《制作国》インド
《あらすじ》インドの平原に宇宙船が到着し、人間の姿をした宇宙人(アーミル・カーン)が裸で現れるが、宇宙船のリモコンを地球人に奪われてしまい、手にしたのはラジカセのみで、自分の星に帰れなくなってしまう。
同じ頃、ベルギーではインド人女性ジャグー(アヌーシュカ・シャルマ)が、サルファラーズ(スシャント・シン・ラージプート)というパキスタン人男性と恋に落ちるが、ジャグーの父は熱心なヒンズー教徒だったため、異教徒との交際を反対され別れろと迫られる。
それでも結婚式を強行する二人だったが、当日サルファラーズは現れず「結婚式をキャンセルしたい」という手紙が届き、ジャグーは悲しみに暮れた。
ジャグーはインドに戻りテレビ記者になるが、街で例の宇宙人に遭遇し、「神様が行方不明」と書かれたチラシを配る彼に興味を持ち、後をつけて接触に成功する。
宇宙人は彼女に、自分の星では服を着る習慣がない、握手するだけで意思疎通が図れるので会話もない。言葉は、親切な人に売春宿に連れていかれ娼婦の手を握り続けて習得したものだという。
会話はできるが常軌を逸した行動をとる宇宙人は、皆から「PK(酔っ払い)」と呼ばれるようになり、「助けてくれるのは神のみ」という助言を真に受けて“神”を探し、リモコンを持つ導師に会うが返却を拒まれた。
話を聞いたジャグーは、リモコンを取り戻すことを宇宙人(以下、PK)に約束する。
PKは、導師は神と対話しているというがそれは「電話のかけ間違い」で、だから民衆を無意味な宗教儀式に巻き込んでいるという。そこでジャグーは、その「電話のかけ間違い」を動画配信するキャンペーンを始め、それは一気に民衆へと広がり、導師はその状況に焦った。
一方、売春宿を案内した親切な人から、リモコン泥棒を捕まえたという連絡を受け駅に向かうが、テロによる電車爆破で親切な人も犯人も死亡する。
やがて、PKと導師は公開討論番組で対決することになる。ジャグーと過ごすうちに彼女に恋をしてしまったPKだったが、握手することで彼女の心には別れた恋人がいることを知り、別れに関わった導師に事実を白状させる。
そして、ジャグーと恋人が別れたのは、お互いに「相手が来ない」と思い込んだ勘違いとすれ違いが原因と分かる。番組内でジャグーはサルファラーズに電話をかけ、彼も策を講じて連絡を待っていたことが分かり、二人の愛は復活した。
PKは導師からリモコンを取り戻し、宇宙へと帰って行った。
1年後、PKは宇宙人の客を引き連れて地球を訪れ、経験を生かして「地球へのツアー旅行」の案内人になっていた。

《感想》地球に来た宇宙人は、宇宙船のリモコンを奪われて帰れなくなり、助けてくれるはずの“神”を探して宗教に身を染めるが効果はなく、無意味な宗教儀式ばかり横行し人が幸せになれないのは、神の声を聞く導師が「電話のかけ間違い」をしているから、と考えるようになる……。
冒頭「本作はフィクションで、特定の個人、団体、宗教を傷つける意図はない」と流れるが、宗教的なタブーをコミカルにいじり、インド・パキスタンの問題まで取り込んでいて、“挑戦する意気込み”を感じる。
多様な宗教文化が混在し、根深い宗教対立を抱えたインドでよく上映できたものと感心してしまうが、「歌い、踊り、恋をする」インド映画らしいテイストのコメディなので、何となく鷹揚に捉えられたのかも知れない。
そして、一つは主人公が宇宙人という“おふざけ”が功を奏したのと、もう一つは宗教に対して人々が抱いている不満や本音をうまく拾い上げた“まさに正論”が共感を呼んだからだろう。
難しいテーマだが、笑い、涙、メッセージのバランスがよくとれた脚本で、150分超えの長尺に関わらず退屈しない。
宇宙人の『寅さん』的別れに涙し、キュートなヒロインのやや緩めのダンスに魅了された。

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投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、映画選びのモットーは温故知新、共感第一、ジャンル無節操、です。 映画は時代と人生を映す鏡。心に響くドラマと快楽を求めて、“映画バカ”をやっています。