『この森で、天使はバスを降りた』リー・デヴィッド・ズロトフ

挫折、不幸、後悔から再生する寓話

《公開年》1996《制作国》アメリカ
《あらすじ》アメリカ・メイン州の刑務所内にある観光局で働き、刑期を終え出所したパーシー(アリソン・エリオット)は、森に囲まれた小さな町ギリアドで人生の再出発をしようとバスを降りた。
刑務官の紹介で保安官を訪ね、小さな食堂「スピットファイア・グリル」を営むハナ(エレン・バースティン)の元で、住み込みで働くことになる。
ハナは口が悪く無愛想だが、根は優しかった。
すぐ近所にハナの甥で不動産屋のネイハム(ウィル・パットン)と妻シェルビー(マーシャ・ゲイ・ハーデン)が住み、ネイハムはパーシーに強い猜疑心を抱く。
一方、町の青年ジョーは彼女に一目惚れして近づいてきた。
ある日、椅子に乗って転倒したハナが寝たきりになり、店を切り盛りするパーシーと手伝うシェルビーは親しくなる。
そしてハナから指示されて缶詰を袋に入れて裏庭に置くようになり、秘かにそれを取りにくる謎の男が気になってくる。そんな時、ハナにはイーライという息子がいて、かつては村のヒーローだったが、徴兵に志願してベトナムに行ったきり戻らないという話を聞いた。
ハナは店を売りたがっていて、パーシーは店を賞品にして作文コンテストを開くことを提案する。告知して参加者を募り、参加者から申込金と「食堂が欲しい理由」を作文にして送ってもらい、優勝者に店を譲るというもの。うまくいけば売るより儲かるかも知れない。
メイン州観光局にも協力してもらい、アメリカ中に周知された結果、予想以上に作文が集まり、全てに目を通せないと見たハナは村人にも審査に協力してもらい、村に活気が生まれた。
その頃、パーシーは森に住む謎の男が気になって森に入り、ジョニーBと名づけたその男に近づくことができた。
ある朝、窓辺に木の皮で作った鳥の飾り物が置かれ、森の男からと気づいたパーシーは追おうとするが、追うなとハナから止められて揉める。
そして夜、作文コンテストは金を盗むための企みだとパーシーを信用していないネイハムは、食堂に忍び込んで金庫の金を麻袋に入れてしまう。何も知らないパーシーは、袋に缶詰を入れて裏庭に置き、袋は消えた。
と同時に、ハナと喧嘩したパーシーの姿も消えて、村をあげての捜索が始まり、シェルビーは教会にいるパーシーを見つける。彼女の口から過去を聞くと、母親の再婚相手である義父の性的暴行、妊娠と胎児の死があり、絶望の中で義父を殺害したという。
山狩りが行われ、森の男の小屋から現金が見つかり、追われる森の男をパーシーは追うが、激流の河を渡り切れずに流されて死亡する。
パーシーの葬儀が行われ、ネイハムは全てを告白して懺悔した。
森の男は行方不明だったハナの息子イーライで、ハナの元に戻ってきた。
そして、作文コンテスト優勝者であるクレアという子連れの女性が村を訪れ、村人の歓迎を受けた。

《感想》罪を背負った女性が小さな田舎町で人生をやり直そうとする。排他的な村に次第に馴染んでいくが、幸せをつかみかけたところで、更なる不幸が彼女を襲う、というストーリー。
第一印象は“後味の悪さ”だった。
前半、森に住む男の正体とか、彼女がどんな罪を犯したかとか、謎を追う展開に惹き込まれるが、結局は“偏狭男”ネイハムと“森の男”イーライという二人のダメ男に翻弄されて彼女は命を落とし、男二人はその後もノウノウと生きていく。この結末には理不尽でやるせない思いがした。
しかし、このラストの展開にメッセージが託されている気もする。
人生は理不尽なもので、誰の人生にも予期せぬ苦しみや失敗、挫折や後悔は付きまとうもの。だが、起こった現実をどう受け止め、それを糧にどう生きていくかが大切、そんなメッセージではないか。
彼女の死と引き換えに、偏狭男は嫉妬と猜疑心を恥じて懺悔し、森の男は母の待つ村に降りてきて、彼女は男二人の再出発を促した。また、村には新たな食堂店主が現れ、活気ある村のスタートが切れそうだ。
そこに導いた彼女は、やはり村に舞い降りた“天使”なのだと思う。
ハッピーエンドにならないモヤモヤ感はあるが、切なくも温かい不思議な余韻を残し、悲しみの中に希望を託したエンディングのように思えた。

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投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操、が映画選びのモットーです。 心に響くドラマを求めて、映画の中の人生をあちこち旅しています。