『パブリック 図書館の奇跡』エミリオ・エステベス

笑いの中に痛いほどの気骨を見る

《公開年》2018《制作国》アメリカ
《あらすじ》スチュアート・グッドソン(エミリオ・エステベス)が勤務するシンシナティの公立図書館は、寒さをしのぐためのホームレスのたまり場になっている。
また彼は、苦情が寄せられた一人のホームレスを、体臭を理由に追い出したことから、警備担当ラミレスと共に権利侵害で訴えられていた。
それを伝えに来た検察官デイヴィス(クリスチャン・スレーター)は次の市長選に出馬する思惑を持っていて、同席する交渉人の刑事ビル(アレック・ボールドウィン)は、麻薬中毒から家出した息子マイクの行方を捜している。
翌日、閉館間近になってグッドソンは、ホームレスのリーダー格ジャクソンから「今日は帰らずに、ここを占拠する」と告げられる。外は大寒波で、緊急シェルターが満杯のため居場所を失った約70人のホームレスが籠城を決めた。
彼らの状況を気の毒に思ったグッドソンは、館長に一夜の開放を願い出るが認められず、やがてビルたち警官隊や検察官デイヴィスが駆け付け、事態を察知したマスコミも集まり始める。
グッドソンはデイヴィスに、路上に横たわって寒さを実感するよう求め、悪態をつきながら求めに応じたデイヴィスだったが、彼のコメントからマスコミは「精神的に不安定な図書館員が、多くのホームレスを監禁している」という話に転じていく。
その報道を見たグッドソンはイラ立つが、ホームレスの中に急病人が出てドアを開けざるを得ず、グッドソンとビルは一時話し合いの場を持つ。食事を要求するグッドソンにビルは、マイクの写真を渡し「もし息子がいたら教えて欲しい」と頼んだ。
グッドソンは館内のホームレスたちの様子をスマホで撮影して、その画像を女友達のアンジェラを通してテレビ局に渡すが、グッドソンを危険人物と思い込んでいるテレビ局は、彼がかつてアルコール依存症でホームレスとなり、逮捕歴もあるという過去を暴露してしまう。
思いがけず自身の過去が暴かれ戸惑うグッドソンだったが、占拠の理由を問うテレビ局のインタビューに、『怒りの葡萄』の一節を引用して煙に巻く。しかし、その言葉に感化された館長がホームレスたちの群れに加わった。
館内にマイクらしき青年を見かけてグッドソンは声をかけるが、感情的になったマイクはグッドソンに殴り掛かり、取り押さえられて警察に引き渡された。
警官隊は強行突入しようと身構え、外にはホームレスへの救援物資を持った市民が集まり出し、膠着状態を脱しようと警察が突入を決意した瞬間、ドアが開き、グッドソンを先頭にした全員が全裸という集団になって立ちはだかる。
希望をつなぐように「I Can See Clearly Now」を合唱する彼らは、全員拘束されバスで護送されるが、見送る仲間や市民からは激励の言葉が送られ、彼らも笑みを浮かべるのだった。

《感想》ホームレスのたまり場になっている公共図書館で、ホームレスが寒さをしのごうと籠城を決め込み、排除しようとする警察や権力者との板挟みになった図書館員が、ホームレスの側に立って闘う。
そして映画は、図書館をホームレスの居場所として提供する是非というより、“公共”のあり方、社会の弱者支援のあり方に広がっていく。
だが自身の立場からメッセージは出せても、即正解と言い切れないもどかしい課題であって、それが判っているからこそ、双方とも強くは出られない。
ホームレス側の先頭に立たされた主人公とて、堂々と正義を掲げている訳ではなく成り行き任せで、取り締まる側も市民感情やメディアを考慮して、高圧的になれず腰が引けている。
そして「公共はこうあるべき」という答えを見出せないままエンディングを迎え、全員全裸という突飛な決着には詰めの甘さが見えるが、唯一彼らに出来るアンチテーゼかと思うと切なくもある。
交渉人たる刑事の息子がホームレスという話をはじめ、盛り沢山のエピソードが本筋に絡まず散らかったままで、そこに脚本の粗さを見るが、奥深い社会問題をやや緩めの人間ドラマ、コメディにまとめた手腕は評価したいし、構想から11年をかけて作り上げたことに確固たる信念と気骨を見る。

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投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、映画選びのモットーは温故知新、共感第一、ジャンル無節操、です。 映画は時代と人生を映す鏡。心に響くドラマと快楽を求めて、“映画バカ”をやっています。