『夜』ミケランジェロ・アントニオーニ

倦怠期夫婦の心の葛藤と再生

《公開年》1962《制作国》イタリア、フランス
《あらすじ》結婚して10年になる流行作家のジョバンニ(マルチェロ・マストロヤンニ)と妻のリディア(ジャンヌ・モロー)は、病床にあるトマゾを見舞った。トマゾは末期で死の淵にいた。
トマゾはジョバンニの親友で、かつてリディアに好意を示していたが、リディアはより積極的なジョバンニを選んだのだった。
彼女は作家夫人として何不自由のない毎日を送っていたが、その暮らしに得体の知れない不安を抱いている。二人を結んでいたはずの愛を見失い、心に空洞が開いたような虚無感が広がっていた。
ジョバンニのサイン会が開かれるミラノに同行したリディアは、一人でミラノの街を歩く。幾何学的で無機質な建物、うら寂しい家並み、空き地ではロケット花火の煙、その荒涼とした風景は彼女の心そのままだった。
二人でナイトクラブに出かけるが、夫はダンサーに夢中で、その後二人は、富豪ゲラルディニのパーティに行く。
そこでジョバンニは、ゲラルディニの娘バレンチナ(モニカ・ヴィッティ)に出会う。若く奔放な彼女に魅了され、視線は絶えず彼女を追った。
一方のリディアは、虚飾に満ちた雰囲気に馴染めず気持ちは冷えていて、トマゾの病院に電話をかけ、そこでトマゾの死を知る。
リディアの胸中で何かが大きく崩れ落ち、生きる支えを失ったかのような喪失感に打ちのめされ、もはやジョバンニが隠れてバレンチナとキスしているのを見ても何の感情もわかず、自分もパーティで知り合った男とドライブに出かけた。
朝になり、夜を別々に過ごした二人は屋敷の庭の片隅で再会する。
そこでリディアはトマゾが死んだことを告げ、トマゾとの秘められた愛を語り、もうジョバンニを愛していないと言うと、ジョバンニは、愛は蘇らせることができると答えた。
そんな彼に、情熱的な愛の言葉で綴られた1通の手紙を読み聞かせる。その手紙は誰が書いたのか、とジョバンニは尋ねるが、それはかつて彼が書いたものだった。
その愛はどこへいったのか、二人の間に冷々とした空気が流れる。
ジョバンニは愛を取り戻そうとするかのようにリディアを激しく抱いた。
「愛していないと言って」というリディアに、ジョバンニは「言わない。言うものか」と答え、一層力を込めた。

《感想》結婚10年が過ぎ、倦怠期を迎えた流行作家とその妻。二人の間に愛は見えず、夫は若い女性にうつつを抜かし、妻は不安と虚無を抱えていた。
妻はプライドが高くて夫への愛を素直に表現できない。加えて、夫を翻弄する小娘には嫉妬する自分を見せられない女の意地がある。
そして、自分を愛してくれ、心の支えだった大切な人を亡くした今、夫との未来に希望が持てず、別れを切り出す。
妻から別れを告げられた夫は、自らの身勝手な過去を顧みて戸惑い焦るが、昔の恋文を大切に持つ妻の深い愛に気づき、やり直そうと強く抱きしめる。
何とも他愛のないベタなストーリーだが、男と女、夫婦間の心の機微、その微妙な心理描写に惹き込まれる。
それに、心の内を映すかのような無機質な建物、うら寂しい家並み、空き地など荒涼とした風景が重なる。
さらに、欲望、嫉妬、絶望……ジャンヌ・モローの複雑な思いを内に秘めた、冷たく虚ろな眼差しが、映画全体に漂う虚無感、空気感を支配し、圧倒的存在感を示している。
妻と小娘の間に「年を重ねるのは怖い。苦しみは去り、無が始まる」という意味の会話がある。この言葉も怖い。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操、が映画選びのモットーです。 心に響くドラマを求めて、映画の中の人生をあちこち旅しています。