『ココシリ』ルー・チュアン

秘境の自然と生きるための闘い

《公開年》2004《制作国》中国
《あらすじ》ココシリはチベット高原の西北部に位置し、海抜4700mと高く、中国最後の秘境と呼ばれる。
この地域に住むチベットカモシカは、その毛皮が高値で取引されることから、密猟による乱獲が進んで生息数が激減し、地元チベット族の有志による民間のパトロール隊が結成されて、隊長リータイ(デュオ・ブジエ)のもと、武装した密猟者と命がけで闘う保護活動を展開していた。
ある日、隊員が密猟者に殺害される事件が発生し、その取材のため訪れた記者のガイ(チャン・レイ)は、山に入り密猟者を追うという彼らの活動に随行して取材を開始する。
山に入って3日目、湖畔で大量のチベットカモシカの死骸を発見し、彼らは怒りを抑えながら死骸を火葬し、密猟者たちを追う。
7日目、密猟者たちを捕え、剥ぎ取った毛皮を奪回するが、捕えたのは毛皮剥ぎを手伝う農民たちで、彼らもまた生活のための手立てだった。密猟の主犯一味は捕えられず、引き続き探す。
8日目、捕えていた農民たちが逃亡し、それを追いかけた隊員の一人が肺気腫で倒れて、リータイは町の医者に見せるよう隊員のリウ(キィ・リャン)に命じる。しかし、見てもらうだけの金がないと聞いたリータイは、没収した毛皮を売るよう指示した。
どこからも援助はなく経費は自費で、没収した毛皮は上納という建前の中で、やむを得ず採った彼らの策だった。
燃料も食料も残りわずかとなり、農民たちを伴った移動は困難と判断したリータイは、農民たちに「300キロ歩け。死んだらそれも運命」と告げて、その場に残して移動した。
10日目、隊の車の1台が燃料切れになり、隊は分かれて行動することにし、身動きの取れない隊員たちに、後から追いかけてくるはずのリウを待つように指示して、リータイたちは更なる奥地に密猟者を追っていく。
しかし、町から山に戻ってきていたリウは、砂にはまったタイヤトラブルの際に、誤って流砂に飲み込まれてしまう。
17日目、車を降り、道なき道を徒歩で登り始めたリータイたちは、山越えしようとしていた主犯たちに遭遇する。
しかし多勢に囲まれたリータイは問答の末、撃たれて命を落とす。
これらの出来事を報じたガイの記事が大きな反響を呼び、まもなくココシリは国家自然保護区に指定され、森林警察が誕生してパトロール隊は解散した。
その後、チベットカモシカの数も回復しつつある。

《感想》チベット最後の秘境の地ココシリ。絶滅寸前のチベットカモシカを守るため結成された山岳パトロール隊が、武装した密猟者、過酷な自然と闘いながら、命を懸けて追う姿をドキュメンタリー風に描く。
猛威を振るう自然は無慈悲だが、隊の活動も非情で、車両故障で身動きできなくなれば密猟者追跡のため仲間を置き去りにするし、車が無理なら徒歩でというその執念がすさまじい。
その壮絶さとそれに耐える隊員の姿は深く心に響く。また、死者を弔う鳥葬、流砂に隊員が引き込まれるシーンには惹き付けられた。
対立する密猟者の首領がパトロール隊長に言う。「人間の命とカモシカとどっちが大事だ」。詭弁に過ぎないが、犯行の背景を示唆する言葉ではある。
草原の砂漠化によって放牧が制限され生活にひっ迫している現状があり、貴重な毛皮を欲する欧米先進国の需要がある。
先進国の欲望が現地人に生活のための密猟を煽り、希少動物絶滅の危機を招いている。そして、チベットを侵略しながら自然保護に無策だった中国の問題も裏にはある。
それにしても、この隊員たちは何を生業としているのか。無報酬、命がけでカモシカ保護に尽くす、隊員の執念の源は何なのか、この映画では語られていない。「使命感」というだけでは美化され過ぎという気がする。
自然の猛威と男たちの壮絶な生きざまというリアリズムの世界は映像から十分に伝わってくるのだが、日常の生活に根差した人間のドラマ、背景の描き込みが不足しているように思えた。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操をモットーに選んでいます。 何度も、観る度に感動する映画は大切ですが、二度と観たくない衝撃に出会うのも楽しみです。

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