『ひとよ』白石和彌 2019

聖母か殺人者か、揺れる親子の絆

ひとよ

《あらすじ》15年前の大雨の夜、両親の帰りを待つ3兄妹の前に母のこはる(田中裕子)が帰宅し、「父親を殺した。15年後には戻ってくる」と言い残して警察に出頭した。父親は日常的に子どもに暴力を振るっていて、母親にとっては子どもを守るための行動だった。
15年の時が過ぎ、長男の大樹(鈴木亮平)は地元の電気店で働いているが、妻と折り合いが悪く別居中で、長女の園子(松岡茉優)は美容師の夢を諦め、街のスナックで働き泥酔の日々を送っている。
次男の雄二(佐藤健)は小説家を志しているが、東京に出て風俗雑誌のライターをしている。3人とも“殺人者の子ども”としていじめを受け、事件の傷を引きずりながら、それぞれの日常を送っていた。
両親が営んでいたタクシー会社は母の甥の進が引き継いでいるが、そんな中、突然こはるが帰ってきた。
出迎えた大樹と園子は戸惑い、電話を受けて帰省した雄二を交え4人で食卓を囲むが、会話は弾まず、ぎこちない空気が流れる。
母を慕う園子は戸惑いながらも好意的で、大樹も母の気持ちを汲み取ろうと努めているが、雄二だけは未だに母が許せずにいて、雑誌に「聖母は殺人者だった」と題した記事を書いていた。
その記事をきっかけに、再びタクシー会社への嫌がらせが始まり、記事を書いたのが雄二だと知った園子は激怒し、二人は対立するが、雄二にはこはるを許せない気持ちの裏に、母の事をネタにしてでも小説家として這い上がりたいという魂胆があった。
一方、母は死んだと聞かされていた大樹の妻・二三子(MEGUMI)も腹を立てて、大樹と言い争いになり、妻を殴った大樹は、批判の目を向けるこはるに「父親と同じで、母のように立派ではない」と怒りをぶつける。それに対し母は堂々とエロ本を万引きするという騒ぎを起こし、周囲に無言のアンチテーゼを伝えた。
そんな折、新人運転手の堂下(佐々木蔵之介)が10万円の前借りをする。使い道は、離婚して離れて暮らす高校生の息子に会うためで、久々に息子に会った堂下は、楽しい時間を過ごし、別れ際にお金を渡すのだった。
堂下は元ヤクザで、ある日、客として乗せた後輩ヤクザから、覚醒剤の運び屋の送迎を依頼される。そしてその運び屋が自分の息子であるという事実に直面する。
その夜、絶望し自暴自棄になった堂下は、泥酔状態でこはるをタクシーに乗せて車を走らせ、連絡を受けた3兄妹は車でこはるを追った。そしてカーチェイスの末、海に飛び込もうとする堂下のタクシーに自分の車をぶつけ、間一髪で阻止した。
堂下は雄二に「母親のせいにして逃げるな」と言い、雄二は「母が父親を殺してまで作ってくれた自由だから、夢を追い続けた」と応え、感情を吐き出す中で気持ちが通い合い、事件と決別できる特別な“一夜”となった。
その後、雄二はこはるに関する記事データを削除し、園子は庭でこはるの髪をカットし、止まっていた家族の時間が再び流れ始めた。



《感想》DVの父親を、子どもを守るために母が殺し、一夜にして“殺人者とその子ども”の運命をたどることになる家族。
15年の歳月を経ても苦悩を抱えたままの兄妹は、帰ってきた母に対し愛憎を露わにするが、母は「罪を犯しても間違っていない」と毅然とした態度を崩さない。
そんな母と子が葛藤し衝突しながら、家族として再生していく。
暗くて重いテーマだが、努めて明るく軽く、と心がけているように感じた。
同監督としては、バイオレンス色は薄めで、途中笑いを誘うシーンもあり、ラストも何とか乗り越えていけそうな雰囲気になって、珍しく後味が良かった。
また役者陣を含め、作り手の熱も十分に伝わってくる。だが、どこか理解し難い思いが残ってしまう。
それは、殺される側が単なる“悪”で、人間として描かれていないから。
“殺す理由”は明白だが、“殺されなければならない理由”が見えない。
この極悪人の素顔がもっと描かれていたら、より深まった気がする。
シリアスとユーモアをバランス良く取り込み、“家族の絆”を強く訴える力作なのだが、やや荒削りでナイーヴさに欠ける点が惜しまれる。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

映画レビューのモットーは温故知新、共感第一、良品発掘。そして、世間の評価に関係なく私が心動かされた映画だけ、それがこだわりです。やや深読みや謎解きに傾いている点はご容赦ください。 映画は広くて深い世界、未だに出会いがあり発見があります。「いやぁ~映画って本当にいいものだ」としみじみ思います。