『軍旗はためく下に』深作欣二 1972

美化せず描く戦争と人間

《あらすじ》戦争未亡人の富樫サキエ(左幸子)は、ニューギニア戦線で元軍曹の夫・勝男(丹波哲郎)を亡くしたが、軍法会議で処刑されたという記録があり、そのため遺族年金が下りていない。
しかし、理由が「敵前逃亡」とあるだけで、その事実、軍法会議、処刑を裏付ける証拠が何一つ残されていなかった。
サキエは毎年、不服申立書を厚生省に提出しているが、20回目となった昭和46年、亡夫の所属部隊の生存者のうち厚生省の照会に回答がなかった者が4名いることを聞き、サキエは真実を知るため、彼らを訪ねて回る。
寺島元上等兵(三谷昇)はスラムで世捨て人のような生活をしていて、富樫軍曹は国からも見捨てられた南方の最前線で、命を第一に作戦に反対する勇気、傷病兵への思いやりを持った人と称え、勇敢に戦死したものと思うと語った。
次の秋葉元伍長(関武志)は、今は戦争ネタで売れている漫才師で、当時は食べる物がなく、飢えとの戦いだった。イモ泥棒の末に逃げて射殺された軍曹がいたと話す。
3人目の越智元憲兵軍曹(市川祥之助)は、憲兵だったため戦後、戦犯追及を受け、憂さ晴らしに呑んだ闇酒で失明し、マッサージ師をしている。誰とは特定できないが、人肉食で処刑された軍曹がいたと話す。
4人目の大橋元少尉(内藤武敏)は高校の国語教師をしていて、富樫軍曹らは上官の後藤少尉(江原真二郎)殺害容疑で処刑されたと話す。
後藤は、千田少佐(中村翫右衛門)の命令で米人捕虜を処刑して以来、精神が不安定になり、ヒステリックな言動が目立つ後藤を、やむなく富樫らが殺害したもので、富樫らの処刑は千田自身が戦犯から逃れるための口封じであることを示唆した。
だが次に訪ねた千田は、今は団体役員の要職に就いていて、軍内の秩序を守るためのやむを得ない措置だったと強調し、捕虜殺害は後藤の暴走だったと関与を否定した。また、富樫らの犯行の露見は、寺島の自供だったことを告げた。
サキエが再び寺島を訪ねると、以前の話が嘘だったことを認め、密告と自らの人肉食経験を告白した。処刑されたのは富樫を含む3名で、処刑したのは越智だと言う。
急遽、越智を訪ねた二人が見たのは、越智の出棺光景だった。妻は、サキエが訪ねた日の夜、泥酔してダンプに轢かれたという。
寺島は重い口を開いて処刑時の光景をサキエに告げる。富樫は同罪の二人と共に日本に向かって遥拝し、「天皇陛下!」と声を振り絞り事切れた。その後「万歳」ではなく、何かを訴えるような、抗議するような叫び声だったという。
こうしてサキエの、亡夫の戦争体験の真実を探る旅が終わった。

《感想》戦争未亡人となった女性が、夫が「戦死」でなく「死刑」だったのは何故か、その真相を訪ね歩くと、「藪の中」のように関係者それぞれの説明が食い違い、辿っていくうちに徐々にベールが剥され、戦場の悲惨な真実が明らかになっていく。
展開は『羅生門』のようであり、描かれるのは『野火』のような世界である。
戦争の悲惨さ、軍隊の理不尽さを何一つ美化せず、最前線部隊を捨て駒のように見捨てる国の冷酷さ、天皇制、A級戦犯首相にまで言及しているあたりが、鑑賞機会を狭めている要因ではないだろうか。
そして、原作小説を超えて、70年代初めの政治や学生運動の状況に映画を重ね合わせた新藤兼人らの脚本には気骨を感じるし、深作のやや過剰な暴力描写には通り抜けた時代の痛みを覚える。
翌73年には原爆・終戦のシーンから始まる『仁義なき戦い』が制作され、本作で描かれた戦争の暴力から、ヤクザ社会の暴力へと転じていく。
だが根底に流れる暴力の情念のようなものは同じで、描くのは暴力によって生まれる末端の人たちの悲劇であり、内にあるのは反戦への思い、組織暴力の否定なのだと思う。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操をモットーに選んでいます。 何度も、観る度に感動する映画は大切ですが、二度と観たくない衝撃に出会うのも楽しみです。

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