『雪の轍』ヌリ・ビルゲ・ジェイラン

すれ違う夫婦の葛藤と気付きの会話劇

《公開年》2014《制作国》トルコ
《あらすじ》トルコの世界遺産カッパドキアにある洞窟ホテルオーナーのアイドゥン(ハルク・ビルギネル)は元舞台俳優で、引退後に父の遺産を引き継ぎ、年の離れた妻ニハル(メリサ・ソゼン)、出戻りの妹ネジラ(デメット・アクバァ)と共に、資産家として裕福に暮らしている。
ある日、アイドゥンが使用人と共に外出すると、道端の少年から石が投げつけられ、窓ガラスを割られる。
その少年は、アイドゥン保有の借家の家賃が払えず、家財を差し押さえられたイスマイルの息子イリヤスで、差し押さえの際に父が執行官に殴られたのを恨んでの犯行だった。
刑務所帰りでアル中の貧しいイスマイルは、裕福なアイドゥンに真っ向から反発し、イスマイルの弟でイスラム教導師のハムディ(セルハット・クルッチ)の仲裁で事なきを得たが、その後ハムディとの間で話し合いがもたれても、両者の意見は対立し言い争いになってしまう。
アイドゥンはホテル経営の傍ら、地方紙のコラムを執筆していて、妹のネジラに感想を聞いているが、その夜はイスラム教の教え「悪に対する無抵抗主義」について議論になった。
ネジラの元夫はアルコール依存症で、もし夫に抵抗せずに従っていたら別れずに済んだかもと考えていて、アイドゥンのコラムはうわべを装った自己欺瞞だと批判した。
妻ニハルは慈善事業に打ち込んでいて、今までそれに無関心だったアイドゥンが急に会合に顔を出したり、怪しげな人間がたかってくるのではと警戒しているようで、ニハルとの関係も溝が深まっていく。
妻は干渉しないことを求め、夫は恵まれた環境だから感謝も出来ないと非難しながら、妻の慈善団体のために多額の寄付金を手渡した。
やがて、アイドゥンはニハルに春までの別居を提案し、イスタンブールに向けて旅立つが、激しい大雪に行く手を阻まれ、友人の農場に立ち寄る。
そこにはニハルの慈善事業に参加している教師が来ていて、警戒しながらも酒を飲み議論するうち、無為の日々を過ごしている自分に気付く。
一方、ニハルはアイドゥンが残した大金を手にハムディの元を訪れ、生活の苦しい彼らの援助にと渡すが、ハムディはその大金に恐れおののき、そこに現れたイスマイルは、理由なく大金を貰ういわれはないと、その大金を暖炉へと投げ捨ててしまい、ニハルは号泣する。
春まで戻らないつもりのアイドゥンだったが、やはりニハルへの想いと後悔から謙虚な“新しい自分”になろうと帰路につき、ホテルの窓辺に立つニハルと視線を合わせる。二人の和解と再出発を予感させて、エンド。

《感想》世界遺産カッパドキアで洞窟ホテルを営む初老の主人公は、資産家にして文化人の自分に自信を持っているが、出戻りの妹からは「うわべだけで、自分がない」と批判され、やがてその傲慢で身勝手な性格が露わになっていく。
一方、主人公の若く美しい妻は、経済的に恵まれながら、暮らしにも夫にも満たされず、慈善事業に生きがいを求めていて、やがて善意からした援助が、時には相手にとっては屈辱で、悪意ととられることを知る。
この夫婦が互いの生き方を批判し葛藤し、二人とも我が身の傲慢さ、未熟さとその罪に気付いていく。
世間知らずの金持ちの戯言と言ってしまえばそれまでだが、個々人の価値観がぶつかり合うこの会話劇は、深い思索と静かな気付きをもたらす。
富める者と貧しい者、それぞれの自尊心、善意がもたらす悪、人を赦すことと愛することの意味……その内容は重いが、イヤな重さではない。
金持ち視点ではあるのだが、普遍的な人間の心理と無意識の罪を掘り下げていて、観る側は我が身に置き換え内省を求められる、そんな重さである。
だが、主人公はこの四面楚歌の状況をどう打破するのか、その興味に引きずられて3時間超を費やしたものの、自尊心は砕かれ悔い改めるというだけの結論は拍子抜けだった。
夫婦にとっては希望あるエンディングなのだが、理想を持つ二人の建設的な志からは遠ざかっているようで、その安易さが不満として残った。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操をモットーに選んでいます。 何度も、観る度に感動する映画は大切ですが、二度と観たくない衝撃に出会うのも楽しみです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です