『COLD WAR あの歌、2つの心』パヴェウ・パヴリコフスキ

運命の愛は彷徨い、永遠を求めた

《公開年》2018《制作国》ポーランド、イギリス、フランス
《あらすじ》1949年、冷戦下のポーランド。社会主義による“民族性への回帰”という目的で国立舞踊団を設立するため、マネージャーのカチマレク(ボリス・シィツ)、ピアニストのヴィクトル(トマシュ・コット)、ダンス教師のイレーナ(アガタ・クレシャ)は新人オーディションを実施するが、そこでヴィクトルはズーラ(ヨアンナ・クーリク)という力強い歌声と独特の存在感を持った、魅力的な少女に惹かれ、その後ズーラは入団する。
そして1951年、ワルシャワでの初舞台は大成功し、ヴィクトルとズーラは激しい恋に落ちた。
その頃、ヴィクトルは民族主義から抜け出した自由な音楽を求め、パリへの亡命を目論んでいて、1952年の東ベルリンでの公演後、ズーラと一緒に亡命しようと準備していたが、約束の場所にズーラは現れず、ヴィクトルは一人で亡命する。
1954年のパリ。ヴィクトルはジャズバンドのピアニストとして働き、舞踊団のツアーで訪れたズーラと再会する。二人には既に別のパートナーがいて、短い会話と抱擁だけで別れたが、二人の秘めた恋愛感情は続いていた。
1955年のユーゴスラビアの舞踊団公演。ズーラは客席にいるヴィクトルを見つけて動揺する。
1957年のパリ。ヴィクトルは映画音楽の作曲家として働き、ズーラはシチリア人と結婚して合法的にポーランドを出て二人は再会する。そしてズーラは夫を捨ててヴィクトルの元に走り、一緒に暮らし始めた。
ヴィクトルはズーラをソロ歌手として売り出すために奔走するが、ズーラはヴィクトルの元恋人への嫉妬と、パリでジャズを歌うことは自分の民族的アイデンティティを失うという思いがあって、ヴィクトルとの関係に亀裂が生まれる。
ズーラは酒に溺れ、ヴィクトルと争った末に彼の元を去りポーランドに帰ってしまい、ヴィクトルも彼女を追って、捕まるのを承知で帰国した。
1959年のポーランド。違法出入国とスパイ容疑で懲役15年を宣告されたヴェクトルに、ズーラは収容所で再会するが、彼の手は強制労働と拷問でもうピアノを弾ける手ではなかった。ズーラは必ず出すと約束した。
1964年、釈放されたヴィクトルは、出世したカチマレクと、彼の妻となり歌手を続けるズーラに再会する。ズーラは結婚した彼の力を利用してヴィクトルを早期出所させていて、男児の母になっていた。
しかしズーラは不幸のどん底にいて、憔悴しきったズーラはヴィクトルに助けを求めた。
二人はバスに乗って廃墟になった教会に行き、二人だけで永遠の愛を誓った。
そして二人は大量の錠剤を飲んでベンチに座り、ズーラの「向こう側の景色がきれいよ」という言葉で二人は画面から消えて、エンド。

《感想》冷戦下という抑圧された状況で出会った男女は、どうしようもなく惹かれ合い、燃えて冷めて再び燃え上がる、腐れ縁の物語を展開する。
ピアニストの男は自由な音楽を求め、歌手を夢見る女は民族的アイデンティティに固執し、音楽で繋がりながら、音楽で離れていった。
やがて二人の愛は、パートナーの存在も眼中からはずれ、世間の良識はもとより、内なる混乱や矛盾をも呑みこんでしまうほど、歯止めの効かない狂気じみた情愛へと転じていく。
監督が「あえて省略的な描き方を選んだ」というように、余計なものをはさまず大胆に切り詰めた展開は、多少分かりにくいところもあるが、描かれない余白や背景に思いを巡らせてみると、二人が求め合う情念の裏側が少し見えてくる。モラルだけでは語れない、二人だけの濃密な世界が。
ラスト、向こう側(あの世?)に行こうと姿が消え、心中を予感させながら観客に委ねる結末になっているが、死を選ぶ理由が「一緒にいたいだけ」では理解に苦しむ。静謐にして美しいシーンだが、省略のし過ぎは共感の妨げにもなる。
十代の少女から母親までを見事に演じたヨアンナ・クーリグが素晴らしい。
また、シャープなモノクロ映像は深みがあって美しく、音楽もクラシックから民族音楽、ジャズ、ロックと多彩で、ドラマを雄弁に盛り上げている。
エンドロールの『ゴールドベルク変奏曲』は切なく、深い余韻を残す。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操をモットーに選んでいます。 何度も、観る度に感動する映画は大切ですが、二度と観たくない衝撃に出会うのも楽しみです。

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