『マグノリア』ポール・トーマス・アンダーソン

人の罪と救いを、強烈キャラと大胆演出で描く

マグノリア

《公開年》1999《制作国》アメリカ
《あらすじ》ロスアンゼルス郊外が舞台。そこで暮らす一見関係のない人たちが、人気長寿クイズ番組を通して繋がっていく、その人生模様が描かれる。
1)死期迫る老人:クイズ番組の元プロデューサーだったアール(ジェイソン・ロバーズ)は死の床にあり、その若い後妻リンダ(ジュリアン・ムーア)は悲嘆に暮れていた。
アールは献身的な看護人のフィル(フィリップ・シーモア・ホフマン)に、彼がかつて捨てた息子を探して欲しいと頼む。
彼の息子フランク(トム・クルーズ)は、今では女性の口説き方を伝授する男性向け自己開発セミナーを主催し、評判をとっていた。
2)名司会者:初老の番組司会者ジミー(フィリップ・ベイカー・ホール)もガンを宣告され死期が迫っていて、彼を憎んで家出した娘クローディア(メローラ・ウォルターズ)の元を訪ねるがすげなく追い返される。
彼女は薬物に頼った日々を送り、その前に生真面目な独身警官ジム(ジョン・C・ライリー)が現れた。
3)天才少年:クイズ番組が始まり、目下天才少年として評判のスタンリー(ジェレミー・ブラックマン)は本番前にトイレに行けずおしっこを我慢していたが、ついに漏らしてしまって無言になる。
司会をしていたジミーも本番中に倒れてしまった。
4)元天才少年:昔その番組で天才少年と謳われたドニー(ウィリアム・H・メイシー)は、今は電気店に勤めていて店長からクビを言い渡されていた。
今夜も馴染みのバーに行くが、そこには秘かに恋するバーテンの男性がいて、年甲斐もなく歯列矯正をしたいが、その金に困っている。
このように彼らはそれぞれの難題に直面し苦悩するが、やがて起きる突然の“超自然現象”によって運命づけられていく。
1)フィルに呼び出されたフランクは、かつて母と共に自分を捨てた父親アールの枕元で激情のあまり嗚咽する。また、動揺しきったリンダは、車の中でアールの薬を飲んで自殺を図る。
しかし、フランクは死を前にやっと父と向き合うことができ、リンダの自殺は未遂に終わった。
2)クローディアはジムとレストランでデートするが、キスを交わした後で逃げ去る。しかし、ジムの心からの求愛に笑顔で応えた。
3)スタンリーは「僕は人形じゃない」と日頃の鬱積を生放送中にぶちまけるが、後に「僕を大切にして欲しい」と父に本音が言えた。
4)歯の治療の金を盗むべく電気店に押し入ったドニーは、車で通りかかったジムに目撃され、窃盗を思いとどまった。
このようにして、今までそれぞれが抱えていた深く重い苦しみは、“カエルの雨が降る”という突発的出来事によって好転し、彼らに“救い”をもたらした。



《感想》瀕死の老父は捨てた息子に、若い後妻は夫に、十分な愛を注げなかったことを悔い、捨てられた息子は憎しみながら生きてきた。
初老の父親は、娘との確執を生んだ過去を悔い、薬物中毒になった娘は愛する人の出現にも素直になれない。
それぞれに罪や後悔を背負った登場人物が、苦悩の果てに赦しと救いを求めるが、苦悩を吹き飛ばすような超常現象によって一気に救われる。
この“カエルの雨”は聖書「王の愚行を戒めるモーゼ」からの引用らしい。
人の深刻な悩みのドラマを、一瞬にして強引に収束させる技は“掟破り”のような気もするが、人の悩みなどは自然(あるいは神)の前では微小なもの、と言っているようである。
だが一方、人は愚かで、人生に愚行は付きもの、けれどそれを後悔し懺悔し赦しを請う人の姿は愛おしく崇高なもの、と言っているようでもあり、それを描く視線はとても温かい。
親子、夫婦、恋人間の相克のドラマであって、大胆でシュールな演出の裏には、監督のストレートな願いとメッセージが込められている。
様々な人生が交錯する群像劇の脚本は実に巧妙に作られていて、監督自身が「音楽の映画化」というように音楽は心地良く、トム・クルーズを始めとする演技陣が熱い。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

映画レビューのモットーは温故知新、共感第一、良品発掘。そして、世間の評価に関係なく私が心動かされた映画だけ、それがこだわりです。やや深読みや謎解きに傾いている点はご容赦ください。 映画は広くて深い世界、未だに出会いがあり発見があります。「いやぁ~映画って本当にいいものだ」としみじみ思います。