『都会のアリス』ヴィム・ヴェンダース

少女と旅して、青年は自分を探す

都会のアリス

《公開年》1973《制作国》ドイツ
《あらすじ》アメリカの東海岸を、ポラロイドカメラで風景を撮りながら彷徨っているジャーナリストのフィリップ(リュディガー・フォーグラー)は、ドイツの出版社と約束している旅行記の原稿が進まないまま1か月が過ぎていた。
広大なアメリカはどこも同じように見えて、つかみ所がなく、不出来な写真ばかり増えていき、肝心の旅行記は筆が進まない。
放浪するように車を走らせ旅を続けるが、ニューヨークに着いた時には金も底を尽き、車を売り払って帰国の旅費を捻出した。
出版社の現地支局に出向くが、原稿が出来ていないのを理由に写真は突き返されてしまう。
帰国のために空港に行くが、ドイツの空港がストライキ中で、仕方なく翌日のアムステルダム行きに乗ることにする。
そんな折、同じようにドイツに帰国しようとし足止めされてしまった女性リザ(リザ・クロイツァー)と、9歳の娘アリス(イエラ・ロットレンダー)に出会う。
リザに誘われるまま、その夜は同じ部屋に泊まるが、朝方にリザは、昼過ぎに会う約束のメモを残して外出した。
しかし約束のビル展望台には現れず、ホテルに戻ると、アリスをアムステルダムまで連れて行って明後日まで待って欲しいという伝言が届いていた。
ニューヨークからドイツへの中継地であるアムステルダムに向かった二人だったが、約束の日になってもリザは来ない。
アリスに振り回されながらも、少女を見捨てるわけにはいかず、情に動かされて、アリスの祖母が住むというヴッパタールに行って探すが見つからず、祖母宅はヴッパタールではなかったとアリスは言い出す。
途方に暮れたフィリップは、アリスを警察に預けてロックコンサートに出かけ、ホテルに戻ると、警察を抜け出したアリスが待っていた。
祖母の家を思い出したと言い、小さなアルバムの写真を手掛かりにその家に向かうが、既に2年前に家主が変わっていた。
目的を見失った二人は、フィリップの故郷へ向かうフェリーに乗り、そこで警察官に発見されて、祖母宅は見つかり、リザは帰国していると知らされる。
旅の最後、二人は列車でミュンヘンに向かい、彼はこれから物語を書き上げると言う。二人並んで列車の窓から顔を出し、過ぎ行く景色を眺めてエンド。



《感想》アメリカを旅したドイツ人青年は、その広大でとらえ所の無い風景に自分を見失ってしまうが、その行き詰まり感を拭い去ったのが、少女との出会いだった。
「母親に捨てられたかも知れない」不安を抱えながら気丈に振る舞うアリスは、背伸びしながら大人の世界を見ようとし、青年は見捨てるわけにはいかず、保護者の視線で寄り添う。
そんな二人が互いを思うことで生まれた信頼関係は、孤独だった青年の心を開かせ、今まで自分しか見ていなかった青年が、アリスの視点で物事を見るようになって、世界観が広がっていく。
アリスはポラロイドカメラで青年の顔を撮り、渡しながらこう言う「自分がどんなか分かるわ」。
青年が母とはぐれたアリスを保護しているようだが、実は青年が自分探しの手助けをしてもらっていた。
粒子の粗いモノクロ映像には何となく閉塞感、寂寥感が漂っていたが、アリスと過ごすようになってからは、どこか安らいで幸福感が感じられてくる。
大した事件は起こらないのだが、アリスの生意気な可愛らしさと、二人の心の交流がじんわりと伝わって来て、微笑ましくて温かいロードムービーになっている。
なお、同年製作で先に完成したボグダノヴィッチ『ペーパー・ムーン』と内容が似ていたため、脚本の後半を手直ししたというエピソードが残っている。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

映画レビューのモットーは温故知新、共感第一、良品発掘。そして、世間の評価に関係なく私が心動かされた映画だけ、それがこだわりです。やや深読みや謎解きに傾いている点はご容赦ください。 映画は広くて深い世界、未だに出会いがあり発見があります。「いやぁ~映画って本当にいいものだ」としみじみ思います。