『25時』スパイク・リー

犯罪の重さ、自由の尊さをN.Yで描く

《公開年》2002《制作国》アメリカ
《あらすじ》9.11後のニューヨーク。ドラッグ・ディーラーの通称モンティ(エドワード・ノートン)は、深夜車を走らせていて、傷つき瀕死の犬に出会う。
当初、苦しむよりはと銃を向けるが、生きようと必死な姿を見て、動物病院に運んで助け、犬をドイルと名付け飼うことになった。
しばらくしたある日、モンティは麻薬密売容疑で逮捕されて刑が確定し、翌朝には出頭・収監される立場にあって、残された自由時間は25時間だけだった。
まずモンティはドイルを連れて母校の高校を訪れる。ここで教師をするジェイコブ(フィリップ・シーモア・ホフマン)はモンティの幼馴染みの親友で、突然の乱入に驚かれるが、今夜の自分の送別会に来て欲しいと伝えて去った。
冴えないジェイコブは、生徒たちから軽視されているようである。
もう一人の親友フランク(バリー・ペッパー)は株のディーラーとして、ウォールストリートで働き、しかもやり手だった。
モンティが自宅に戻ると、恋人のナチュレル(ロザリオ・ドーソン)が心配しながら待っていて、今夜は親友たちと朝まで過ごすと告げる。
二人が出会ったのは彼女がまだ高校生の時だった。
そして、抜き打ち捜査の日を回想する。麻薬と現金の隠し場所がソファーシートだと知っているのは、恋人ナチュレルとロシアン・マフィアの仲間コースチャだけだった。コースチャはナチュレルが怪しいと言う。
モンティはパーティ前に父親ジェームズが経営するバーに出向き、二人で最後の食事をする。過去を悔やむ父親を責める気持ちはないが、刑務所暮らしへの恐怖は募るばかりだった。
そして周囲の誰もが自分を裏切っているように思え、怒りを一人吐き出す。
モンティは逮捕時の尋問で、ナチュレルは無関係だと主張し、元締めであるニコライの情報提供を迫られたが、口を割らなかった。
ジェイコブはフランクのアパートに寄り、二人して中華レストランで食事をする。ビジネスの最前線で高収入を得ているフランクと、実家は資産家だがあえて質素な職業と生活を選んだジェイコブ。対照的な二人だった。
マフィアのニコライが経営するバーでパーティは行われ、三人の男に、ナチュレル、ジェイコブの教え子のメアリーが加わり、ジェイコブとメアリーは急接近し、フランクとナチュレルは反目し、モンティはひたすら我が身の不幸を嘆いた。
その後、ニコライの元に挨拶に出向いたモンティは、密告者がコースチャであることを告げられ射殺するよう仕向けられるが、それを断って去った。
モンティはアパートに帰り、ナチュレルに疑っていたことを詫びて、再び親友たちと早朝の公園を歩いた。
そこでモンティは刑務所で目を付けられないよう、顔を殴って欲しいとフランクに頼み、フランクは挑発されて殴るが、後に号泣する。
出頭までの道を車で送りながらジェームズが、このまま西に逃げようと冗談めかして言い、夢のような逃亡計画を語り、モンティはその人生を夢想しながら、刑務所へと向かってエンド。

《感想》主人公モンティに与えられた自由時間はあと25時間という状況下にあって、残された選択肢は三つ。逃亡するか、自殺するか、収監されるか。
本人は心底後悔していて、密告者への憎悪よりも、刑務所への恐怖の方が大きく、そのぶつけようのない怒りに苦しんでいた。
また、周りの親友、恋人、父親は、犯罪を止められなかったこと、彼の経済的な恩恵に預かっていたことで、自分を責めている。
そんな周囲の思いを知ることで、葛藤の末彼は“生きる”ことを選んだ。
そして愛犬ドイルとの出会いの記憶が、彼を逃亡から引き留める。
瀕死の状態ながら必死に生きようとするドイルを彼は助けた。今の彼はあの時のドイル、必死に生きれば救いはあるはずと。
彼は刑務所で生き抜けるに違いない。だから彼の再起へのスタートであり、バッドエンドではないと解している。
同時多発テロ事件の翌年の制作で、アパートの眼下には、世界貿易センタービルの跡地、グラウンド・ゼロが見える。
社会派監督ゆえ、単に慰霊や追悼の意味だけでなく、当時のニューヨーカーしか理解し得ない特別な思いがあったのかも知れないし、本作のラストには復興の希望を託しているような気がする。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操をモットーに選んでいます。 何度も、観る度に感動する映画は大切ですが、二度と観たくない衝撃に出会うのも楽しみです。

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