『さすらい』ヴィム・ヴェンダース

孤独な世捨て人が変わろうとする旅

《公開年》1975《制作国》西ドイツ
《あらすじ》ブルーノ・ヴィンター(リュディガー・フォーグラー)は大型ワゴンを住まいにしながら地方の映画館を巡回し、映写機の修理やフィルムを運ぶ仕事をしている。
ある朝、川のほとりに車を停めていると、1台の車が猛スピードで走って来て川に飛び込み、乗っていた男は車が沈む直前に鞄を持って脱出して、びしょ濡れで川岸に上がって来た。
ヴィンターは男に乾いた服を提供し、車に乗せて出発する。男はローベルト・ランダー(ハンス・ツィシュラー)と名乗り、妻と別れてきたところだと言い、ヴィンターの仕事の旅に同行することになる。
シューニンゲンの公民館で子ども向け映画を上映する予定だったが、設備不良で手間取っているうち、突然ローベルトがスクリーンの後ろからライトを照らして影絵を始め、子どもたちを喜ばせた。
ローベルトは寄る街々で電話をかけ、相手が出る前に切ってしまう。別れたばかりの妻に掛けていた。
ある晩、寂れた鉱山に車を停めて野営するが、廃屋から物音がして眠れないので行ってみると、立杭に石を落としている男がいる。
男は妻と些細な言い争いをし、挙句に妻が車を木に激突させて自殺したと言い、妻の血だらけのコートを着ていた。その夜は車の寝台に寝かせ、翌朝、事故車の回収が済むと、男は去った。
ローベルトは、父の家に行くというメモを残して、一人車を後にした。
父は一人で新聞を発行していて、父はローベルトとの再会を喜ぶが、ローベルトは、過去に父から受けた酷い仕打ちや、母への仕打ちを非難した。その家で一夜を明かし、父との和解を果たす。
一方ブルーノは、遊園地でパウリーネという女性と知り合い映画に誘うが、実は彼女は映画館主の家族で窓口係をしていて、終演後に二人は誰もいない映画館で語り合った。
翌日、ブルーノはローベルトの実家に出向き、二人はまた一緒に旅を始める。
今度はブルーノが母と暮らした生家を訪ねたいと言い、故郷に住む旧友からサイドカー付きバイクを借りて、ライン川の中州にある島を訪ねる。既に廃屋になっていたが、幼く夢見た頃の思い出の品を見つけ、その家に泊まる。
東ドイツの国境まで来た二人は、米軍の監視小屋に忍び込み、酒を飲んで語り合う。ブルーノは別れた妻に未練たらしく電話するローベルトを責め、ローベルトは何の夢も持たず自由気ままに暮らすブルーノを非難し、喧嘩になる。
翌朝、ローベルトは「変化は必然だよ」のメモを残してブルーノの元を去った。
その日、閉館するという映画館で仕事をしたブルーノは、館主から映画と地方映画館の惨状を聞かされ、車で巡回リストを破ってエンド。

《感想》地方映画館を周って自由気ままに仕事をする孤独な男ブルーノは、「できるなら変わりたい。でも自分を見失えない」と、他者との関わりで自分が変えられることを恐れ、夢を見られない。
過去に父との確執を抱え、妻と別れたものの気持ちの整理がつかない男ローベルトは、「僕の過去が僕さ」と過去に縛られ抜け出せない。
その二人が一緒に旅をし、友情めいた触れ合いの中で、故郷を訪ねて過去と向き合い、お互いに相手から刺激を受けて、変わっていく。
ラスト、ローベルトの「変化は必然だよ」の言葉をもって二人はそれぞれの道へ。もしかしたら、ブルーノは夢を見つけて誰かと共に暮らし、ローベルトは吹っ切れて強く再起できるかも知れない。
時代遅れとなった映画というメディアと、廃れゆく地方映画館の惨状、それらが世捨て人の哀愁と相まって、寂しく切なく描かれる。
風景からルートを決めて、脚本、セリフは撮影しながら決めていったという。
成り行きの中で自然と変わっていく気持ちの移ろいを描くには、約3時間というこの長尺が必要だったのだろう。
真にロードムービーらしい“さすらい”のドラマなので、流れゆく時間と風景に身を委ね、二人の淡々としたやり取りを楽しみたい。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操をモットーに選んでいます。 何度も、観る度に感動する映画は大切ですが、二度と観たくない衝撃に出会うのも楽しみです。

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