『秋立ちぬ』成瀬巳喜男 1960

大人の身勝手さを子ども目線で描く

《あらすじ》小学6年の夏休み、秀男(大沢健三郎)は母の茂子(乙羽信子)に連れられて長野から上京した。父を亡くし、銀座裏で八百屋を営む伯父の常吉宅に身を寄せるためだった。
母の茂子は近所の旅館の女中として住み込みで働き、秀男は八百屋の仕事を手伝いながら伯父宅で暮らし、そこには伯母のさかえ、配達係の従兄・昭太郎(夏木陽介)、デパート勤めの従姉・春江がいた。
日頃母に会えない秀男は再会を楽しみにしていたが、茂子は働き始めてすぐ、常連の真珠商・富岡と親しくなっていく。
ある日、秀男は母が働く旅館へのトマトの配達を頼まれ旅館に向かうが、途中地元の子どもたちと喧嘩になって、トマトを落とし傷めてしまう。
その時通りかかった小学4年生の順子(一木双葉)に慰められ、仲良くなるが、順子は偶然にも母が勤める旅館の娘だった。
旅館「三島」の女将・直代(藤間紫)は順子の母で、父には大阪に本妻と子どもがいて、直代と順子は妾とその子だった。
山村育ちなので海が見たいという秀男のために、順子は銀座のデパート屋上に連れて行くが遠く霞んで見えず、帰りに順子が夏休み宿題の昆虫を買おうとして、「もったいない」と止めた秀男は飼っているカブト虫を貸す約束をする。
まもなく、茂子と富岡の仲が深まり、秀男を伯父宅に預けたまま、黙って二人は駆け落ちしてしまう。
また、順子に貸す約束のカブト虫が行方不明になってしまう。
一方、久々に父親に会えると喜んで母と出かけた順子は、父が東京見物の子どもたちを連れて来ていて、子ども同士の仲違いに順子は自分の立場が分からず困惑する。
訳を知りたいが怒られ不信感を募らす順子と、身勝手な母に取り残されヤケになっている秀男は、親への不満から意気投合する。
ある日、本物の海を見に行こうと、知り合いのタクシー運転手に嘘をついて晴海埠頭まで乗せてもらい、東京湾の埋立地を歩き海で遊ぶが、帰り際、秀男が転んで足にケガを負う。
捜索願の騒ぎになるが、幸い二人は無事に保護され帰宅した。
そして夏休み最終日、秀男はカブト虫探しに行く約束をした昭太郎にすっぽかされるが、田舎から送られてきたリンゴ箱の中に偶然カブト虫を発見し、急いで順子の家に行った。
すると旅館は引っ越しが済んでもぬけの殻。途方に暮れた秀男は、思い出のデパート屋上から遠く海を眺めてエンド。

《感想》子ども目線で描かれた大人の世界は醜悪で、子どもたちを翻弄する大人の身勝手さを辛辣に描く。あくまで大人に向けた映画である。
子どもを捨てた母親への少年の相半ばする愛憎や、妾の子が異母兄弟に会ってからの母親への不信には、子どもながらの無常観が漂う。
母親に駆け落ちされた少年に少女が言う。「中年の女が男に狂うと怖いんですって」。大人の噂話をそのまま伝える天使の言葉は、残酷な悪魔のささやきのように聞こえる。
その少女も、母を囲う父親の都合で、急な引っ越しを余儀なくされてしまう。
淡い恋心に大人の世界が重くのしかかって、突然引き裂かれる子ども心が切ない。
舞台となった土地について、ミュージシャンの故大瀧詠一氏が『映画カラオケ』と称して探索した記事が残されているが、八百屋は新富町、旅館は銀座3丁目にあって、遠く海を眺めるデパート屋上は銀座松坂屋、歩いた埋立地は晴海から豊洲、東雲あたりとのこと。
従兄と川遊びに出かけた先は、小田急線登戸駅近くの多摩川とか。こんなに自然が溢れていたのかと驚く。
何とも地味な良作で、DVD化されていないが、ネット配信のリストには載っているので、ぜひご覧いただきたい。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操をモットーに選んでいます。 何度も、観る度に感動する映画は大切ですが、二度と観たくない衝撃に出会うのも楽しみです。

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