『残像』アンジェイ・ワイダ

死を賭して闘った芸術家の自由とは

《公開年》2017《制作国》ポーランド
《あらすじ》1948年のポーランド、画家であり美術大学で教鞭をとるストゥシェミンスキ(ボグスワフ・リンダ)は、戦争で左手と右足を失い、杖をついているが、前衛画家として情熱的に創作に打ち込み、美術教育者としても学生から信頼と人気を得ていた。
ところが第2次大戦後、ソ連の支配が強まり、社会主義、全体主義の波が押し寄せ、社会主義リアリズムしか認められなくなっていく。
大学を訪れた文化大臣は、社会主義的価値観を芸術の上に置く、イデオロギーなき芸術は無意味と熱弁し、そんな党の考えに対しストゥシェミンスキは、表現の自由を主張し断固抗議する。
党と小競り合いを起こす彼に大学は手を焼き、彼を排除する動きが出てくる。
ストゥシェミンスキには、別れた彫刻家の妻との間にまだ中学生くらいの娘ニカがいて、寮生活をしているニカは、病気入院中の母と、一人暮らしの父を気遣う気丈な娘だった。
大学を追い出されたストゥシェミンスキは、家での創作に専念するが、彼を慕う学生たちが家を訪れるようになり、中でも女子学生のハンナ(ゾフィア・ヴィクラシュ)はひと際目を輝かせ、彼に尊敬と好意を寄せていた。
だが党の圧力は強まる一方で、学生たちが開催した展覧会は妨害され、美術館の彼の展示は撤去されてしまう。
そんな折、彼の元妻であるニカの母が亡くなり、ニカは彼の元で生活を始めた。
やがてストゥシェミンスキは美術家協会から除名され、家に籠もり絵を描き続けるが、彼の元にハンナは頻繁に通って身の回りを手伝うようになり、そんなハンナの存在を快く思わないニカは、居場所がないからと寮生活に戻った。
何とか仕事を得たいストゥシェミンスキは、芸術とは無縁の店舗内装の仕事を引き受けるが、その仕事も無登録の芸術家は雇えないという理由で解雇されてしまう。
仕事も配給証も奪われ、絵の具はおろか食料も買えなくなってしまった。
ある日、彼の視覚理論の出版を準備していたハンナが、反政府の冊子をタイプしていたという理由で逮捕され、政府に呼び出された彼は、ハンナの釈放と職の斡旋を条件に党の側につくよう説得されるが、返事を保留して立ち去った。
その帰り道、彼は街中で倒れて病院に運ばれ、進行性結核と告げられる。
その後も医師の制止を振り切って家に戻り、マネキンが並ぶショーウインドウの中で仕事中に倒れ、運ばれた病院で亡くなりエンド。

《感想》主人公の美術教師はかつて「芸術の目的は社会の変革」と信じ、政治に深く関わった時期があったが、今の彼は「絵は自分と調和して描くもの」と説き、党が支配する国の方針に異を唱えている。
それはかつて「芸術は社会を動かす」と信じて、レジスタンス運動に身を投じた社会派監督が、後には、政治と芸術は距離を置くべきという姿勢を貫いていることに通じる。
本作の体制に抗い闘い続けた芸術家の信念と矜持には、監督自身が経験した挫折と諦観が深く投影されているようで、遺作であることを意識した監督自身からのメッセージが強く窺える。
主人公に尊敬と好意を持つ女子学生が現れて、少しドラマチックな展開を期待したがそのようなこともなく、テーマに沿ってシンプルに、余計なものをはさまないストレートな表現に、潔さを見た。
その反面、この父娘関係の淡白さも印象に残った。
芸術家としての葛藤だけでなく、当然人として親としての葛藤もあったと思うが、我が子に対する父親の感情、情愛がほとんど描かれなかったことが少し残念ではある。
作品は暗く重いのだが、映像の美しさには惹き込まれる。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操をモットーに選んでいます。 何度も、観る度に感動する映画は大切ですが、二度と観たくない衝撃に出会うのも楽しみです。

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