『オーバー・フェンス』山下敦弘 2016

「壊した男」と「壊れた女」の危なげな恋物語

《あらすじ》家庭を顧みず妻に見限られ、生まれ故郷の函館で独り暮らしをする白岩(オダギリジョー)は、失業保険で職業訓練校に通い大工の勉強をしているが、何の楽しみもなく、ただ働いて死ぬだけと思っている。
白岩は故郷に戻っても、両親や妹夫婦とは距離を置き、東京の妻の父親からは絶縁を言い渡されていた。
ある日白岩は、道端で痴話喧嘩して腹を立てた末に、鳥の動きを真似る風変わりな女性を見かけ通り過ぎるが、後日、訓練校仲間の代島(松田翔太)に連れられて行ったクラブで、ホステスとして働くその女性、聡(サトシ:蒼井優)に再会する。
店を出た白岩に聡が声を掛け、強引に車で家まで送り届け、二人して行ったコンビニで、何故かいきなり腹を立てた聡は白岩を置いて帰ってしまう。
白岩は聡のことが気になり、バイト先の遊園地に会いに行き、そこでも鳥の求愛を真似てみせる不思議な聡に、白岩は心惹かれていく。
そして実家の離れに住んでいるという聡の部屋に招かれた白岩は、隠れて何かの薬を飲み、台所で行水しないと体が腐りそうと言う聡に驚きながら、その夜、二人は結ばれる。
しかし真夜中になって、聡に追及され、仕事人間だった自分が妻を傷つけ家庭を壊したと告白した白岩は、怒った聡に部屋から追い出されてしまう。
一方、訓練校に学ぶ仲間は、年齢も異なりそれぞれの人生を抱えている。妻子と平穏に暮らす人当たりのいい中年男は元ヤクザで、年金をもらいながら趣味で通う年配者もいて、物静かな青年は不器用で授業についていけず、騒ぎを起こした末に学校を去った。白岩はそんなさまざまな人生を垣間見る。
ある晩、聡に店への同伴を頼まれ、二人は店で大はしゃぎをして、白岩は日曜日のソフトボール大会に聡を誘う。
その後、白岩の妻が函館にやってきた。久々の再会だったが、妻から復縁の気はないと結婚指輪を返された白岩は思わず泣き出してしまい、それを陰から聡が見ていた。
聡は、バイト先の遊園地に来た白岩に怒りをぶつけ、叫びながら檻の動物たちを外に逃がして騒ぎを起こす。白岩は電話で「聡は自分を“壊れている”というが、俺は“壊した”のだから尚ひどい」と聡に正直な気持ちを伝える。
白岩の頑なだった気持ちにも変化が生まれ、父親に会うことにすると、義弟に告げる。
そしてソフトボール大会の日。なかなか聡の姿が見えず気持ちが沈んでいた白岩だったが、中盤過ぎの白岩の打順になって、聡が笑顔で手を振って現れる。
力いっぱい打って飛んだボールはフェンスを越えて……エンド。

《感想》女(聡)の病理や家族関係は多く語られていないが、情緒不安定で突然踊りだし、キレてわめき散らすなど、自分でも“壊れた女”と認めている。
男(白岩)は、普通の生活を維持するために精一杯働き、仕事人間の一途さから妻や家庭を“壊した男”だが、男が言う「働く義務感」とかは女には全く理解されず「義務の話で感情の話をごまかすな」と批判されてしまう。
そしてこの“壊れた女”に関わっていくうち、自分に欠けていたものに気付いていく。
また職業訓練校という無職の挫折者集団の中で、男は自分こそ「まともで普通」な存在と思い、他を見下すかのように距離を置いて、厭世観にとらわれていたが、“普通以下だがいい人たち”の悲喜こもごもの人生に出会い、今までの鬱屈した思いに変化が表れる。誰かと支え合う平凡な営みこそ「普通」ではないかと思えてくる。
男は、女に出会って過去の不誠実さに気付き、仲間からは向かうべき未来を示され、女と共に再出発する。
原作は佐藤泰志の小説だが、他の映画化作品(『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』『きみの鳥はうたえる』)に比べると格段に明るい。
これは監督の資質かと思うが、何気ない日常生活を描くのが巧く、いい意味での軽さがあって、これが後味の良さにつながっている。
また蒼井優の、演じるというより憑依したかのような凄さが光る。感情の起伏が激しく病理を思わせるが、時にチャーミングな素顔を見せ、危ないのに惹かれていく男の気持ちが分かる、そんな魅力的な女性を圧倒的な存在感で演じている。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操をモットーに選んでいます。 何度も、観る度に感動する映画は大切ですが、二度と観たくない衝撃に出会うのも楽しみです。

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