『ペパーミント・キャンディー』イ・チャンドン

時代に翻弄され壊れた男の人生

ペパーミント・キャンディー

《公開年》2000《制作国》韓国
《あらすじ》1999年、鉄道自殺を遂げる中年男の人生を、20年前まで遡る逆戻り構成で描いている。
【99年春】鉄橋下の河原で、労働組合員の同窓会のピクニックが行われている。そこに現れたキム・ヨンホ(ソル・ギョング)は叫んだり川に入ったり奇妙な行動の末、鉄橋の線路に上がり、「戻りたい、帰りたい」と叫びながら列車と衝突する。
【3日前】ヨンホは自殺しようと拳銃を入手するが、実行には踏み切れないでいる。別れた妻からは拒絶され、粗末な住まいに戻ると見知らぬ男が待っていて、男の妻のユン・スニム(ムン・ソリ)に会って欲しいと頼まれる。
スニムはヨンホの初恋の女性で、病院に出向くと既に重体で意識がなかった。
思い出のカメラを渡され、受け取ったものの、カメラは売り払い、中に残されたフィルムを手に取って泣いた。
【94年夏】ヨンホは事業で一旗揚げて金回りは良かったが、妻ホンジャ(キム・ヨジン)は浮気をしていて、探偵を使って現場を突き止め二人に暴力を振るう。しかし、本人も会社の従業員と浮気をしている。
ヨンホの家に会社の仲間が集まり宴会が始まるが、夫婦の亀裂は大きく、家庭内はボロボロだった。
【87年春】ヨンホは警察で働き、妻ホンジャは出産間近である。時の政権に抗議する学生デモが高揚する中、ヨンホの仕事は専ら学生運動家に対する厳しい尋問だった。殴打や水責めなど拷問の日々である。
同僚と共に張り込みに出かけ、非番が与えられた夜、町のバーの女性と親しくなり一夜を共にする。「私を初恋の人と思って」という彼女に、スニムの名を呼んで泣く。仕事に対する意欲は失っていた。
【84年秋】ヨンホは新米刑事として働き始め、近くの食堂には後に妻となるホンジャがいて親しくなるが、労働組合員への拷問の日々で、心は疲弊し切っていた。
そこへ初恋の相手スニムが訪ねてくるが、その気持ちを受け入れられず冷たく接してしまう。スニムがお金を貯めて買ったというカメラを贈られるが、見送りの駅で彼女に返してしまった。
その夜、ヨンホは食堂で酔客を相手に大暴れし、ホンジャと一夜を共にする。
【80年5月】戒厳令下にあって、兵役中のヨンホはデモを鎮圧する軍に所属していて、そこにスニムが面会に訪れるが会えなかった。
出動命令が下りた夜、銃声が飛び交う市街地でヨンホは足を負傷し一人取り残される。そこに一人の女子高生が現れ、帰宅途中なので通して欲しいと懇願される。暗闇で焦り、急かすように撃った銃弾が運悪く女子を襲い、死に至らしめ、茫然として、号泣する。
【79年秋】川沿いを歩き河原で歌う若者たち。ヨンホとスニムが出会う。
「毎日工場でキャンディーを包んでいる」というスニムからそれをもらう。ヨンホは「カメラを担いで名もない花を撮り歩く」という夢を語る。美しい日々だった。



《感想》この物語がもし時系列で描かれていたなら、やはり凡庸なものになっていた気がする。あえて過去に遡っていくことで、何がこの男を自殺にまで追い込んだのか、謎を追いかけ、物語に惹き込まれていく。
花とカメラを愛する純朴な青年が、兵役の後に暴力刑事になり、嫌気が差して金儲けに走り、友の裏切りで事業に失敗し、家庭も崩壊して、絶望の果てに自滅する。
なぜヨンホは初恋のスニムではなく、ホンジャと生きる道を選んだのか。
彼の人生の歯車を狂わせたのが80年5月の光州事件。兵役時代に誤って女子高生を射殺してしまったことにある。
優しさの故にとった行動が皮肉にも最悪の事態を招いてしまったその痛み、殺人のトラウマが彼の性格をゆがめていく。
そして刑事という職業に就いたことが、彼の暴力性と痛みを増幅させた。
とにかく、負った傷と痛みを癒してくれる温もりが欲しかった、そこにホンジャがいたということか。
しかし、全てが裏目に出て、周囲を傷つけ、夢見ていた“美しい人生”からどんどん離れていく。
そして思いがけないスニムの死に出会う。心に残る美しい思い出と共に、自分も終止符を打ち消えていく、そんな切ない物語だった。
青年時代からの20年を、何の違和感もなく演じたソル・ギョングが光る。

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投稿者: むさじー

映画レビューのモットーは温故知新、共感第一、偏屈御免。映画は広くて深い世界、未だに出会いがあり発見があり、そこに喜びがあります。鑑賞はWOWOWとU-NEXTが中心です。高齢者よ来たれ、映画の世界へ!