『人情紙風船』山中貞雄 1937

庶民の悲喜劇に世相が見える虚無感漂う時代劇

《あらすじ》江戸深川の貧乏長屋で浪人の首吊りが発生し、役人の検分が入って足止めされた長屋の住人はくさっている。長屋に住む髪結いの新三(中村翫右衛門)は大家の長兵衛をそそのかして酒をせしめ、お通夜を語った大宴会を開いた。
新三の隣には浪人海野又十郎(河原崎長十郎)が、紙風船の内職を営む妻おたきと住んでいて、亡き父の知人毛利三左衛門に仕官の口を頼みに行くが、邪険に扱われ相手にしてもらえない。
その毛利は質屋白子屋の一人娘お駒(霧立のぼる)を家老の子息の嫁にしようと画策しているが、当のお駒は番頭の忠七とできていて、だけど忠七には何も出来ず、お駒はそんな自分の運命にいらだっていた。
白子屋の店先で毛利を待っていた又十郎だが、白子屋が差し向けた地元の親分・弥太五郎源七の子分らに叩きのめされ、救おうとした新三も散々絞られる。
源七の目を盗んで賭場を開いていた新三は、それでも懲りずにまた賭場を開くが、源七の子分らに踏み込まれて一文無しになり、金に困った新三は商売の髪結い道具を白子屋に持ち込むものの、忠七には相手にしてもらえない。
父の手紙を是が非でも毛利に渡したい又十郎は、何度も毛利を訪ねるが、縁日が開かれた土砂降りの雨の夜、「もう来るな」と言われてしまう。
同じ夜、忠七と出かけたお駒は、忠七が傘を取りに戻って一人雨宿りしているとき、通りかかった新三に誘拐されてしまう。
誘拐を知った白子屋は嫁入り前の大事な身と、源七らを使って新三の説得にかかる。金で穏便に済ませようとする源七だったが、源七への対抗心と意地の新三は追い返してしまう。
事を荒立てたくない源七は憤慨しながら帰るが、実はお駒は隣の又十郎の部屋に匿われていた。
この騒ぎを聞いた大家の長兵衛は身代金を取ろうと提案し、自ら白子屋に出向いて50両をせしめ、取り分をもらったその夜、住人たちは新三の金で宴会をする。
しかし源七も黙ってはおらず、新三を呼び出し二人は決闘の場へ。
一方の又十郎は、真面目な男が悪事に加担したと長屋の女たちの噂になり、そこへ帰宅したおたきがその噂を耳にしてしまう。
宴会からほろ酔いで帰り寝入った又十郎の着物から、毛利宛ての手紙を見つけたおたきは、仕官の話は順調と言い続けている夫の嘘を知って絶望し、又十郎を刺し殺して自害する。
翌朝、心中を大家に伝えようとする子どもの手から落ちた紙風船が用水路に流されてエンド。

《感想》人情にすがろうとする愚図で真面目な浪人と、刹那の快楽に生きるヤクザな遊び人。浪人の望みは叶わず心中を余儀なくされ、ヤクザは意地に生きて死地に赴く。しかし、そんな不幸な描写はあえて見せない。
見事なくらいに省略した技法と、身分違いの恋模様に映る日本人形、水に風に流される紙風船など、暗示的な描写に、今もって通用する斬新な演出を見る。
そして名人の落語を聞くような闊達な語り口でテンポ良く展開する。
“髷を付けた現代劇”とは言い得ている。
「通夜も祝いも同じようなもの」と法華経を唱えながらのドンチャン騒ぎ。人生なんてそんなものよ、という諦念としたたかさと悲哀、その底には深いニヒリズムが見える。
あえて詳細は描かず悲劇的結末を暗示して終わるが、そこに流れるペシミズムは、これから戦地に向かう、迫りくる死を予感した山中の気持ちの表れか。
庶民の悲喜劇を自由闊達に描き、時代背景を含んでいろいろ深読みを誘う傑作である。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操をモットーに選んでいます。 何度も、観る度に感動する映画は大切ですが、二度と観たくない衝撃に出会うのも楽しみです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です