任侠道に縛られた心の葛藤をギリシャ悲劇風に描く
《あらすじ》昭和9年の江東地区。天竜一家の総長・荒川が脳溢血で倒れ、中井組組長の信次郎(鶴田浩二)は二代目に推されたが辞退し、兄弟分の松田(若山富三郎)を推した。
しかし松田は服役中で、荒川の舎弟分の仙波組長(金子信雄)は荒川の娘婿の石戸(名和宏)を指名し、中井の反対を押し切って、二代目は石戸に決まる。
その二代目披露の大花会が開かれる1か月前に松田が出所し、事の次第を聞いた松田は兄貴分の自分や中井を差し置いての二代目決定に怒り、中井の妹で松田の女房である弘江(藤純子)や子分らが止めるのも聞かず、石戸のところに乗り込む。
揉め事を聞いた中井は、花会の幹事を担う立場から松田を収めにかかるが、裏では仙波が天竜一家乗っ取りの策を練っていた。
松田のかつての抗争相手である桜会をけしかけて松田を襲わせ、それを石戸の仕業のようになすりつけて、松田と石戸の対立関係を煽ったため、その仲裁に中井は奔走する。
しかし、松田に心酔する子分の音吉が先走って石戸を襲ってあえなく失敗し、音吉は中井の家に匿われ、石戸組は喧嘩支度を始める。
石戸を止めに中井が出向いての留守中、音吉と恋人の久美、駆け付けた松田のそれぞれの思いがぶつかり合い、あわや刃傷沙汰になろうとしたとき、皆を匿うよう言い渡されていた妻のつや子(桜町弘子)は、若い男女を思いやるが故に、三人を逃がして詫びとして自殺してしまう。
帰って妻の亡骸を発見し、悔やむ中井だった。
つや子の葬式が済み、雨降る墓地で中井と松田は再会するが、なおも石戸を狙う松田を説得しきれず、中井は懐から出した兄弟の盃を割る。
跡目相続大花会の日、全国の親分衆が修善寺に集まり、中井が取り仕切る裏では、仙波が石戸に政治結社設立の話を持ちかけていた。
天竜一家の看板だけを残して消滅させ、生まれた結社の会長は仙波、石戸を幹部に据え、この花会のテラ銭はその設立資金源にするというもので、石戸はそれを突っぱねる。
そして松田と音吉は石戸を狙う。松田が石戸を刺して逃げ、石戸は瀕死の状態で中井の元に運び込まれ、仙波の策略を告げた後に、重傷を押し隠して御披露目式を執り行う。
やがて親分衆の博奕会が始まり、安静を言い渡された石戸が一人で寝ていると、仙波の手下が忍び込み、石戸を刺して絶命させる。
その頃、松田らの居場所を知った中井は潜伏先の旅館に向かい、音吉と松田、二人とも刺殺して、駆け付けた弘江や松田の息子には無言のまま立ち去る。
だが、その中井を仙波の手下たちが待ち伏せていた。
花会のテラ銭で揉めている仙波のところに、中井は仙波の手下を引きずって現れ、仙波に斬りかかる。抗う仙波に「任侠道なんて俺にはない。ただのケチな人殺しだ」と言い放って刺殺しエンド。
《感想》仙波(金子)という策士の悪玉がいて、やがて乗っ取ろうと若い石戸(名和)を親分の座に据えたが、それが任侠道に反すると憤慨した兄貴分の松田(若山)が暴走し、暴走を止めようとした中井(鶴田)が盟友松田を殺さざるを得なくなる悲劇へと、畳みかけるように展開していく。
そこに、任侠道を守れず夫への詫びから自死を選ぶつや子(桜町)、兄と夫の任侠道を巡る対立に為す術のない弘江(藤)という女性の悲劇が加わる。
任侠道を通すために殺さなくとも済むはずの殺人を犯し、死なずに済んだはずなのに死んでいく、そんな不条理が描かれる。
任侠映画の勧善懲悪の直線的な図式ではないものの、義理と人情の葛藤が生んだ悲劇で展開し、やはり任侠世界の中にはあるのだが、登場人物一人ひとりの心の動きや葛藤がしっかりと描かれた群像劇でもあり、従来の任侠路線を超えた優れた人間ドラマになっている。
蛇足だが、かつて三島由紀夫が「ギリシャ悲劇にも通じる構成」と笠原脚本を絶賛し、一躍有名になった異色の任侠映画である。
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