果てない人の欲望を乾いた笑いで描く
《あらすじ》団地に住む夫婦、前田時造(伊藤雄之助)とよしの(山岡久乃)は、部屋の調度品を隠し、貧乏暮らしを装って客を迎える。
訪れたのは、芸能プロの社長・香取(高松英郎)、会計係の三谷幸枝(若尾文子)、専属歌手(小沢昭一)の三人で、時造の息子・実が会社の金を横領し行方不明なので返済の交渉に来たのだが、両親の巧妙な言い逃れに仕方なく帰っていく。
そこに実が帰ってくるが、両親もグルになっているため実を責めることはなく、更に金をせびろうとする。
続いて娘の友子も帰ってくる。友子は流行作家・吉沢(山茶花究)の愛人で、時造や実の吉沢への金の無心が原因で、吉沢と喧嘩して逃げてきていた。
そこへ友子を追って吉沢がやってくるが、友子が陰に隠れ、両親ではラチが明かない吉沢は帰っていく。
その後、両親は出かけ、実と友子が昼寝をしていると、三谷幸枝が訪れ、実に別れを告げに来たと言う。幸枝は実と性関係を持っていて、実が横領した金の大半を自分に貢がせ、会社を辞めて旅館を経営するつもりでいた。
と、そこへ香取が現れ、幸枝の退職を引き留めようとするが、その裏には幸枝と香取の間にも性関係があり、香取の裏金作りがバレないための説得で、ののしり合いの末、二人とも前田家を去っていった。
後日、幸枝がみたび家を訪れ、旅館開業の日に酔っ払った実が嫌がらせに来たことを非難する。
と、又しても香取がやって来て、税務署員の神谷(船越英二)が税金未納の責任でクビになったと言う。神谷も幸枝の色仕掛けにはまって、香取たちの裏金作りに加担していたのだった。
香取たちのところまで捜査の手が伸びると思われ、幸枝の手助けを求めた香取だったが、幸枝からは冷たく断わられ、実に追金を払うことで罪を被ることを承知させる。
香取たちが帰ると、入れ替わりに神谷が疲れた顔で幸枝の行方を尋ねて訪れ、彼女がいないと知ると帰るが、その足で団地屋上に向かう。
やがて前田家全員が揃ってくつろいでいると、救急車のサイレンが聞こえ、よしのが窓の外を見ると、飛び降りた神谷の姿があって、それでも平静を装い振り向いてエンド。
《感想》舞台はほとんど団地の一室という演劇のような空間で、住人は会社の金を横領した息子と、流行作家の愛人で暮らす娘、それに子どもたちの金を頼りに悠々自適に暮らす両親という強欲で守銭奴のような家族。
息子は会計係の幸枝に貢ぐため横領に手を出すが、幸枝は息子だけでなく、会社社長や税務署員まで色仕掛けで貢がせていた。
ところが強欲なのは幸枝だけでなく、愛人業の娘はパトロンを食い物にするかのように家族総出でたかり、母親は夫を立て夫に尽くす体で周囲を操っていて、みな「しとやかな獣」然としている。
幸枝が貢がせ型なら、娘は依存・寄生型、母親は計算高い操り型か。
男はというと、会社社長も流行作家も色ボケに走っているが、父親・時造だけは得体が知れない。元海軍中佐で、戦後どん底の生活を経験したが故に、金が第一と周囲を洗脳し、自らは働かない、うさん臭い存在である。
時は高度成長期前期。戦中は清貧にして愛国の先頭に立っていた職業軍人が、戦後十数年を経てやっと人間らしい暮らしを取り戻したとき、戦中の建前がいかに虚偽に満ちていたか、心底にそんな虚無と、刹那的な生き方しか出来ない無力感が潜んでいるように思える。
驚くのは、その狭い空間で繰り広げられるぶつかり合いを、上から下から舐めるように撮る多彩なカメラワークで、これが異様な迫力を生んでいる。
それと、白く長い階段を昇降する印象的なシーン。世俗的な上昇・凋落を暗示しているようだが、このシュールな演出に能囃子の音楽が加わり、生きていくことの孤独感、空疎感を一層色濃いものにしている。
この新藤兼人脚本は、単にブラック・コメディという以上に何かと含みが多そうだが、膨大なセリフの切れ味は鋭く、応酬を見ているだけで面白い。それがこの斬新な演出とうまくマッチしている。
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