『生きてるだけで、愛。』関根光才 2018

疎外された共依存の愛は凄絶にして美しい

《あらすじ》躁鬱病で過眠症という寧子(趣里)は毎日寝てばかりの引きこもり生活で、3年前に合コンで知り合った津奈木(菅田将暉)の家で居候のような同棲をしている。
姉とLINEでやり取りすることが唯一の世間とのつながりで、仕事も家事も出来ない日々を送っている。
一方の津奈木はゴシップ週刊誌の編集者で、元々小説家志望だった彼は仕事に嫌気が差していたが、不満を口にせず黙々と働き、寧子のために夕食の弁当を買って帰る日々である。
そんなある日、寧子の元に津奈木の元カノ・安堂(仲里依紗)が現れ、津奈木と復縁したいので寧子に別れてくれと言う。その上、寧子の社会復帰のため、知り合いのカフェバーのバイトをするよう押し付けてきた。
初めは不安一杯の寧子だったが、店長やその妻らの励ましを受け、少しずつ周囲に心を開いていった。
同じ頃、多忙な上に仕事内容に愛想が尽きていた津奈木は、記事を巡る言い争いから、記事の入ったパソコンを放り投げて壊し、会社をクビになってしまう。
一方の寧子も、職場のメンバーと飲食しながらの会話で、「ウォッシュレットが怖い」という些細な話に周囲の理解が得られず、「自分は皆と違う」そんな思いが爆発につながってしまう。
寧子は津奈木に電話をかけ、店のトイレをメチャメチャに壊して店の外に飛び出し、駆け付けた津奈木の前を、服を脱ぎながら全力疾走して通り過ぎ、それを津奈木が追いかける。
津奈木はマンションの屋上で、全裸の寧子を捕まえる。
寧子は感情を津奈木にぶつける。「私は他の誰よりも自分自身に疲れている。あなたも私と同じだけ疲れて欲しい。私と別れてもいいよ。あなたは私と別れられるけど、私は私と別れられないの」。
それに対して津奈木は「自分も気持ちをうまくコントロールできない人間で、感情を押し殺すことでやり過ごしてきた」と打ち明ける。
そして津奈木は「寧子のことをちゃんと分かりたかった」と抱き締め、寧子は「本当に分かり合えたこの一瞬で生きていける」と心で呟き、エンド。

《感想》鬱々とした物語が延々と続く。
躁鬱病で過眠症という病に疲れているヒロインの苦悩は分かるのだが、男は何故こんな面倒くさい女に付き合っているのだろう?と終始疑問に思っていた。
ラストになって「そうか、実は似た者同士だったのか」と合点がいった。
今まで「周囲の皆と違う」ことから自分がダメ人間であると誤解し、「自分の内面を見透かされている」という錯覚と被害妄想から生きづらさを感じていた二人だった。
女は感情を爆発させてその結果引きこもり、男は感情を押し殺すことで周囲との調和を図ってきた。
これからの二人は別れてしまうのだろうか、気になる。
分かり合えたとは言えないまでも、互いに“依存”していることを認識している。だから、単なる愛情というのではなく、支え合いに近い、腐れ縁のような離れ難い関係が今後も続くのでは、と予想してしまう。
ヒロインの行動には理解が及ばないが、時折見せる自分への苛立ち、その気持ちには共感できる。
そんな複雑な内面を持つ女性像を、凄絶にして美しく演じた趣里が素晴らしい。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操をモットーに選んでいます。 何度も、観る度に感動する映画は大切ですが、二度と観たくない衝撃に出会うのも楽しみです。

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