『50年後のボクたちは』ファティ・アキン

不良と変わり者少年が突っ走るひと夏の冒険譚

《公開年》2016《制作国》ドイツ
《あらすじ》14歳の少年マイク(トリスタン・ゲーベル)はクラスメートから変人扱いされているが、夏休みに入るとクラスのマドンナ・タチアナの誕生パーティがあり、彼女の似顔絵を描いてその日を心待ちにしている。
そんなある日、ロシアから来たらしいチック(アナンド・チョロンバータル)という風変わりな転校生がやってくる。
終業式を迎えるが、パーティに招待されなかったマイクは失望し、似顔絵を破きかけるがそれも出来ず、悶々と過ごす。
アルコール依存症の母親は断酒のための施設に入り、父親は愛人と不倫旅行に出かけ、一人退屈しているところへ、一時拝借したという車に乗ったチックが現れる。
まず二人はタチアナのパーティに行って、チックに背中を押されたマイクは似顔絵を渡し、心を通わせた二人は車で、チックの祖父が住む、ドイツ語で未開の地を意味するワラキアに向かう。
広大な自然を旅する中で、自転車貴族という裕福な若者たち、質素な暮らしだが幸せそうなボヘミアン風の大家族など、新鮮な出会いを体験していく。
そして途中、ガス欠に見舞われ、燃料を盗もうとホース探しをするゴミ山で、ホームレス風の少女イザ(メルセデス・ミュラー)に出会い、彼女は腹違いの姉に会うためプラハに向かうところだが、燃料泥棒を手伝った縁で二人の車に同乗することになる。
貯水池で体を洗い、髪を短くしたイザは美少女に変身し、そんなイザにマイクは心を揺さぶられる。
三人は高台にある観光名所の岩場に赴き、記念にと三人の頭文字を岩に刻むが、駐車場に戻るとプラハ行きのバスが止まっていて、マイクからお金を借りたイザは、そこで別れを告げてバスに乗る。
再び二人のドライブが始まり、壊れかけた木橋でチックが足に大怪我をし、手当てをするマイクにチックは自分がゲイであることを告白する。
運転出来ないチックに代わってマイクが馴れない運転をするが、豚を乗せたトラックの幅寄せにあって、急にハンドルを切ったトラックが横転し、豚は道路に放り出され、巻き込まれた二人の車も大破してしまう。
二人は血だらけで路上に座り込むが、チックは施設送りになることを恐れ「また会おう」と言い残してその場を去った。
新学期になったが、チックの席は空いたままで、父親は愛人と家を去り、母はアル中の生活に戻った。それでも“自分とは無関係”と言い切れるほどマイクはたくましく成長し、「50年後に会おう」という岩場での約束を思い起こしていた。

《感想》マイクは、酒浸りの母と、若い愛人に走り家庭を顧みない父と共に暮らし、学校では変人扱いされ、やり場のない息苦しさを感じている。
そんなマイクが、風変わりな転校生チックに誘われて旅に出て、正体不明の少女イザに出会う。二人とも詳しい背景は描かれていないが訳あり感満載の存在だった。三人の際立ったキャラが実に魅力的である。
マイクがチックやイザから学んだことは“依存しない”ということか。
自立した存在を目の当たりにすることはやはり眩しく、影響は計り知れない。そんな思春期の少年の成長譚である。
両親が抱える問題も、自分とは距離を置いて見られるよう吹っ切れ、憧れだったマドンナへの思いも一途なものではなくなっていった。
盗んだ車で無免許運転、飲酒に喫煙、農作物を荒らし、他人の車から燃料を盗むという悪さの限りを尽くす暴力的な展開だが、不思議と不愉快な気持ちにならない。
子どもの悪行ということもあるが、ベースにコメディのノリがあることが大きい。決して肯定される行為ではないが、痛快であり、カタルシスにたどり着く。
同監督の翌年の次作『女は二度決断する』はハラハラドキドキの社会派サスペンス+法廷劇。型にはまらない、この振り幅の大きさには目を見張るものがある。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操をモットーに選んでいます。 何度も、観る度に感動する映画は大切ですが、二度と観たくない衝撃に出会うのも楽しみです。

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