『女は二度決断する』ファティ・アキン

法で裁けないテロへの怒りを描いた社会派サスペンス

《公開年》2017《制作国》ドイツ
《あらすじ》三章形式で描かれる。
1)家族:刑務所内での結婚式のシーンから始まる。
そして数年が過ぎ、ドイツ・ハンブルグに住むドイツ人女性カティヤ(ダイアン・クルーガー)は、トルコ系移民の夫ヌーリ(ヌーマン・アチャル)と6歳の息子ロッソと幸せな家庭を築いていた。
トルコ人居住区にあるヌーリの事務所にロッソを預けて出かけたカティヤだったが、その数時間後に戻ると、近くで爆発事件が起こっていて事務所は破壊され、間もなく夫と子どもが遺体で発見される。
警察は当初、過去に麻薬密売に手を染め前科のあるヌーリが組織抗争に巻き込まれたものと見ていたが、夫の無実を信じるカティヤは事件当日出会った不審な“自転車の女”の情報を提供し訴えた。
だが聞き入れられず、手首を切って自殺を図ろうとしたところへ、警察から容疑者逮捕の知らせが入る。
容疑者はカティヤの見込み通り、移民排斥を主張するネオナチの若い夫婦であり、妻は実行犯の“自転車の女”だった。
2)正義:裁判が始まり、カティヤは原告として法廷に臨むが、容疑者の父は息子の犯行と見込んだ上で、自宅ガレージに爆弾の材料があったと証言するも、容疑者が属する極右グループは、カティヤの証言を覆すアリバイ工作を展開した。
加えて容疑者以外の何者かがガレージに侵入した可能性があること、カティヤがたまたま麻薬を所持していたことから証言の信憑性が問われ、その結果、証拠不十分で無罪になってしまう。
3)海:意を決したカティヤは、釈放された容疑者夫婦の居場所を突き止めるため、アリバイ工作に使われたホテルがあるギリシャに向かう。
証人として出廷したホテルの男を尾行し、海辺のキャンピングカーに寝泊まりしている容疑者夫婦を発見する。
カティヤはホームセンターで調達した材料で爆弾を作り、二人の留守を見計らって車に爆弾を仕掛けるが、何かがカティヤを思いとどまらせ、爆弾を撤収してしまう。
しかし弁護士から上告期限が迫っていると連絡を受けたカティヤは意を決し、爆弾の入ったリュックを胸に抱いて車に乗り込み、二人を道連れに自爆し車が大炎上してエンド。

《感想》第1章は家族を巻き込んだ爆破テロ事件、第2章は法廷劇、第3章は復讐サスペンスと流れる社会派ドラマなのだが、エンタメ要素も十分でハラハラしながら展開する。
そしてラストの10分、女が“二度決断する”ところでピークに達する。
女は何故、爆発物を車に仕掛けながら決行を一旦は躊躇し、再び始まるであろう法廷闘争を前に身を呈しての強行に及んだのか、その謎に本作のテーマが凝縮されていると思う。
実行を思いとどまらせたのは、車にとまる一羽の小鳥だった。これは生命の象徴なのだろう。容疑者にも家族がいる、家族にとっての新たな嘆きを生む、その気の迷いに思える。
そして再度実行に移したのは法正義に対する不信感、正義が通らない不条理への怒りであり、単なる犯人殺害ではなく、自爆による死地への道連れを決断させたことが、その思いの深さを物語っている。
それはまるで彼女の身体に彫られたサムライ・タトゥーの精神のようでもあり、苦い絶望と、サムライ・スピリットのカタルシスに同時に襲われたような、衝撃のエンディングである。
そしてこの女の迷いや葛藤、逡巡する様には、復讐と正義、命の尊さと倫理観、家族愛、いろんな思いが交錯していると窺え、単なる復讐劇を超えたヒューマンドラマたり得ている。
ダイアン・クルーガーの鬼気迫る演技に圧倒された。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操をモットーに選んでいます。 何度も、観る度に感動する映画は大切ですが、二度と観たくない衝撃に出会うのも楽しみです。

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