広州事件を基に“正義”を問うエンタメ作品
《公開年》2017《制作国》韓国
《あらすじ》1980年の韓国・ソウル。タクシー運転手のキム(ソン・ガンホ)は妻を亡くし、11歳の娘と暮らしていた。
ある日、タクシー運転手が集まる食堂で、光州まで往復すれば10万ウォンという美味しい話を耳にして、その仕事を横取りしようとキムは依頼主の所へ。
それはドイツ人記者のピーター(トーマス・クレッチマン)が、日本で聞きつけた「韓国で何か起きているようだ」という情報から、取材に訪れたものだった。
ピーターを乗せてキムは広州に向かうが、既に軍は広州との接続道路を封鎖していて、何とか理由を付けて着いた光州は荒れ果てていた。マスコミは「反社会勢力と暴徒による行動」と報じていた。
トラックの学生集団と出会い、ピーターは彼らと行動を共にし、早く帰ろうと思ったキムだったが、拾ってしまった女性客を送り届けた先の病院で、多くの負傷者の姿を目にし、再びピーターに会ってしまう。
広場では巨大なデモ隊と軍隊が衝突し、それを撮影しているピーターを残してキムは帰ろうとするが、タクシーが故障して、同じ運転手のテスル(ユ・へジン)の家に、ピーター、大学生のジェシク(リュ・ジュンヨル)と一緒に泊めてもらう。
広場では爆発音が鳴り響き、ピーターは撮影を続けるが、軍部には既に外国人記者の情報が流れていて、軍隊に見つかって追われ、何とか難を逃れる。
その夜、皆で身の上話をする。そして翌朝、キムは明るくなる前に秘密の抜け道を通って広州を抜けるが、立ち寄った食堂で広州の噂話を聞き広州へ引き返す。
そこでキムは地獄を見る。病院で見たのは、ジェシクの傷だらけの遺体だった。そして、ショックで身動きできないピーターを、ジャーナリストとして奮い立たせたのはキムだった。
街では市民が軍によって射殺されている光景を見て、タクシー運転手たちは車でバリケードを作って負傷者を救助していき、その間の光景をピーターはカメラに収めていた。
映像を国外に持ち出し報道したいピーターを乗せて、キムは空港を目指すが、光州を出る道は全て封鎖され、検問でチェックを受ける。このとき、隠していたソウルのナンバープレートを見られてしまうが、検問のリーダーは見逃してくれた。
ところが同時に「外国人は一切通すな」の命令が届き、キムは障害物を壊してバリケードを突破し、追う軍とのカーチェイスになるが、他のタクシー運転手仲間の応援を得て、無事ピーターを空港に送り届ける。
ピーターはキムに連絡先を尋ねるが、キムは偽名で答えた。その後、ピーターは日本に戻り、今回の事件を世界に発信した。
時が経ち、ピーターはソウルで光州事件についての講演を行い、キムの働きに感謝している旨を述べ、それを新聞で知ったキムが微笑んでエンド。
《感想》史実を基にしているが、実はかなりフィクションを盛ったエンタメ映画になっていて、観終わって、観客を惹き込んでいく展開の見事さに驚くと共に、正直“やり過ぎ”ではないかという感想も持った。
始まりは金欠のキムが、お金目当てで仕事を横取りしたものの、災難に巻き込まれていくコメディタッチだったが、光州に入ると何やら不穏な空気が流れてサスペンスムードになり、徐々に真相が明らかになり軍隊による殺戮が始まるとドキュメンタリー風の戦争モードになる。
そして広州から空港に向かうまではカーチェイスのアクション映画になり、ヒューマンドラマで締めるという見事さ。
映画の流れと共にキムの表情も変わる。
生活に汲汲とし政治には無関心なフツーのオッサンだったが、一人難を逃れ帰ろうとする途中、思い悩んで広州に引き返す。
これは外国人ジャーナリスト、デモをする学生、陰ながら軍部の横暴に反発する運転手仲間、皆が求めている正義に共感し、正義のための行動を意識した最初であり、ここから彼は変化していく。
もう一人正義とは何かを考えさせるのが、終盤の広州を出る検問所で、隠していたナンバープレートを見逃してくれた軍人の行為である。この軍人にとっては軍隊の正義と自分自身の正義に多少ズレがあったのだろう。
追う側の軍部の行動が悪役に徹し過ぎていて、本当は敵なりの愛国心や正義で闘っているのだろうけれど、そのメッセージが見えない中で、唯一の救いになっているシーンでもある。
どんな闘争も、正義対正義の衝突から始まる。だから、軍部の主張がもっと描かれていたら、対立の構図がより明瞭になっただろうし、更にカーチェイスを含むフィクションの盛り込み過ぎが、史実を基にした映画を薄味なものにしているとはいえる。
とはいえ、このエンタメ性が、悲惨な歴史を描く際に、救いの手になっているようにも思えて、一概に否定は出来ない。面白い映画だった。
それにしても、自国の負の歴史を美化し過ぎずに、エンタメ作品としてここまで描き切れる韓国映画界は凄い。
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