『カンバセーション…盗聴…』F・フォード・コッポラ

孤独な盗聴のプロが陥った不安と妄想の地獄

カンバセーション…盗聴…

《公開年》1973《制作国》アメリカ
《あらすじ》盗聴のプロであるハリー・コール(ジーン・ハックマン)はある大企業専務からの依頼で、公園を歩く一組の男女の会話を録音していた。
盗聴会話を調べると男女は「殺される」という内容を話していて、関係ないと分かっていながら、盗聴会話から離れられなくなっていく。
依頼人の元へ行くと、男性秘書マーティン(ハリソン・フォード)が現れ、テープは渡さず帰るが、監視システムの見本市会場にまで彼は現れた。
同業の仲間がハリーの仕事場に集い飲んでいると、同業者が連れてきた女に誘惑され、寝て起きると問題のテープは消えていた。
ハリーがマーティンに連絡すると、マーティンはテープを回収したことを認め、報酬を取りに来るよう伝えてきた。
オフィスに出向くと依頼主である専務がいて、二人連れの女は専務の妻、男は妻の不貞の相手らしいことを知る。
二人の会話から次の逢引の場所であるホテルの隣室をとり、盗聴を開始するが何も起こらない。
やがてベッドで眠りに入ると、鋭い悲鳴、恐る恐る隣室に忍び込んだが、殺人の痕跡はなかった。
しかし念の為と、トイレの水を流してみると、血に染まった真っ赤な水が排水口から逆流してきて……夢の中の光景だった。
翌日の新聞は例の専務が交通事故死したことを報じていた。
そこへマーティンから「これ以上深入りするな。盗聴してるぞ」という電話が入り、ハリーは盗聴器の在りかを探すうち、自室の床や壁を破壊してしまい、何もみつからないまま見事に廃墟と化した部屋で、一人趣味のサックスを吹く姿でエンド。



《感想》ハリーにとっての盗聴や観察は仕事であり、社会や他人との唯一のコミュニケーション手段で、あくまで一方通行であるが故に彼の世界を脅かすことはなかった。
しかし、仕事上の話で自分とは無関係と思っても、「殺されるかも知れない」男女の登場で、気になって彼らの密会場所に行ってしまう。
いわば盗聴・観察者の立場から、他人の世界に踏み込んだ途端、孤絶した自分の世界にも他人が入り込んでいたというオチになっている。
プライベートまで盗聴に用心する、そんな盗聴のエキスパートが、“殺人の匂いがする”という勘から、一線を越えて対象世界に介入してしまい、逆に盗聴されているという不安から疑心暗鬼にかられ、自己崩壊していく様が描かれる。
隣室の殺人の話は夢のようであり、あるいは「殺されるかも知れない」二人のことも妄想かも知れないが、盗聴を恐れるあまり自室を破壊してしまうような不安はもはや病理に近く、精神を病んでいくのが見える。
描かれるのは盗聴を生業とする男の孤独だが、孤独な都市生活での他人への不干渉、自己保身から生まれる閉塞感、それらがいわれなき不安や妄想を生むとしたら、思いがけない落とし穴にはまったり、精神的な病理を生む危険が待っているような気はする。
この辺について、主人公の独白はなく、あえて説明もせず、解釈の多様性を許している。
ミステリーの種明かしをしないことで、観客にも主人公と同様の不安や恐怖をもたらす、サイコスリラーの醍醐味が味わえる傑作である。

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投稿者: むさじー

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