『アノマリサ』チャーリー・カウフマン

R15指定アニメで描く“中年の危機”

アノマリサ

《公開年》2015《制作国》アメリカ
《あらすじ》カスタマー・サービスの専門家マイケル・ストーンは、講演を行うためシンシナティを訪れる。
彼は妻子に囲まれ、恵まれた人生を歩んでいるかに見えたが、実は日常に退屈さを感じていて、全ての人間の声が同じ声、同じ顔をした無表情な男性の姿に見えてしまう。
宿泊したホテルで、一人だけ全く違う顔と声を持った女性リサに出会い、マイケルの大ファンだったリサも大喜びで、深い関係になる。
“特別な声”で話し続けるリサは、容貌にコンプレックスを持ちながらも、どんなことにも好奇心を持ち、意欲的に生きていく心の強さを持っていて、それらは「人生が退屈」と嘆く今のマイケルに欠けていたものだった。
マイケルは、妻子を捨て一緒に生きていこうとリサに求婚し、リサも了承するが、翌朝、ルームサービスの朝食を食べていて、リサが食べ物を口に含みながら話すことをマイケルはどうしても許せず、と思っているうち、リサの声と顔が周囲と同じ男のものに変わっていってしまう。
マイケルは仕事の講演中に取り乱し、会場中の同じ顔にめまいを起こし、「この世界は崩壊している」と語り、自らの孤独をぼやき、自分が壊れていく心の叫びに変わっていって、講演内容は支離滅裂になってしまう。
そして二人は別れ、マイケルが自宅に戻ると、同じ顔・声の家族が出迎えるが、おみやげに買ってきた芸者のカラクリ人形だけ違っていた。
人形はリサのような美しい声で「桃太郎」を歌い、口から液体を出すが、それを見てマイケルはうなだれるのだった。



《感想》ストップモーションアニメで、R15指定で、“中年の危機”を描くというという超異色作。
人形を1コマずつ動かして撮影し、つないで動画を作っていくわけだが、その表現は極めて繊細でリアル。メイキング映像を見ても、この技術と根気は凄い。
トイレの場面など生活感あり過ぎで、実写なら退屈してしまうが、どうでもいい行動をカットすることなく見続けるうち、観客も主人公に同化しながら、彼の世界に引き込まれていく感じがする。
自分以外の人間が全て同じ顔、同じ声に聞こえてしまうというのは、一種の鬱症状だそうだが、マルコムの場合、自分にとって重要で必要な人間は「例外的」に別の顔と声を持つ「人間」として存在するようなので、単なるエゴイズムの裏返しのようにも思えてしまう。
人形を使っていながら、どこまでも人間くさいドラマに仕上がっている。
想像以上に重く、そして骨太だった。
それにしてもラストシーン、口から液体を出す芸者人形と、美しい声でうたう「桃太郎」の意味はどう解釈すべきか。
実はリサはマイケルの妄想で、昨夜のマイケルの相手は人形だったのでは?
「桃太郎」も何かセクシュアルな意味合いを持つのでは?
謎解きや深読みを誘う、奥行きとパワーのある映画だった。

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投稿者: むさじー

映画レビューのモットーは温故知新、共感第一、良品発掘。そして、世間の評価に関係なく私が心動かされた映画だけ、それがこだわりです。やや深読みや謎解きに傾いている点はご容赦ください。 映画は広くて深い世界、未だに出会いがあり発見があります。「いやぁ~映画って本当にいいものだ」としみじみ思います。