『マレーナ』ジュゼッペ・トルナトーレ

異物排除社会の怖さを冷徹に描いた戯画

《公開年》2000《制作国》イタリア
《あらすじ》1940年、戦争が始まって間もない頃のシチリア。12歳の少年レナート(ジュゼッペ・スルファーロ)は、村一番の美しい女性マレーナ(モニカ・ベルッチ)に出会い、恋心を募らせる。
彼女は結婚したばかりだったが、夫は戦線に送られ、孤独な日々を送っていて、マレーナが気になるレナートは早く大人になりたいと願い、背伸びしながら彼女の後を追いかけていた。
ところが、周囲の目は、その美しさから浮いた存在の彼女に敵意を見せるようになり、あらぬ噂が立つようになる。
やがて戦況が激しさを増し、夫ニノの戦死が伝えられる。
未亡人になったマレーナを巡り、男たちの闘いが始まった。
軍人と歯医者が争い、歯医者の妻が激怒して夫とマレーナを裁判に訴え、マレーナは裁判に勝つため弁護士を頼り、弁護士は勝訴と引き換えにマレーナを愛人にした。
弁護士はマレーナと結婚したがったが、母親の反対で実現せず、二人は別れた。
空襲が激しくなり、近くに住んでいた実父を戦火で失い、身寄りが無くなったマレーナは食べるものにも事欠くようになり、生き残る道はこれしかないと、売春婦になる決意をする。
町の男たちばかりでなく、ドイツ兵まで相手にするマレーナに、女たちは憎しみを募らせ、レナートは自分の無力さを痛感する。
戦争が終わり、米軍の進駐でファシスト弾圧が始まり、ドイツ兵を客にしていたマレーナは町の女たちのリンチを受けて町を去った。
しばらくして、死んだはずのニノが片腕を失った姿で帰還し、妻の恥辱にショックを受けるが、レナートは手紙で彼を励ます。「彼女が愛していたのは、あなただけだった」と。
それから1年、つらそうなマレーナをニノがしっかりと守り、二人が町に帰って来る。町の女たちも、うつむき加減の彼女をようやくシチリア女と認め、その存在を受け入れてエンド。

《感想》物語は一人の美しい女性に対する少年の恋心や妄想から始まるが、やがて美しいが故に、女性は周囲の嫉妬や憎しみを買い、畏怖の対象にされてしまう。
時代に翻弄された一人の女性は、戦火を生き延びるために身を落とし、戦争の終結で町を追われる。まさに“異物排除社会”の怖さである。
そして町の人たちが自らの手で汚し、壊して追いやった、かつて高嶺の存在だった彼女が、帰ってきたときには美しさも衰え、私たちと一緒になっていた。それでは仲間に入れてあげようじゃないか、と受け入れる。
群衆心理とは言え、これだけ人の醜さを描く、その背景にあるのは戦争がもたらした不幸と、集団社会への非適応ということか。
少年の切ない恋物語と成長が軸なのだろうが、モニカ・ベルッチのあまりの美しさと存在感に圧倒され、思い入れがマレーナに傾いてしまい、あまりの悲劇的結末に後味の悪さが残った。
そして、集団であるが故に考えられないほど凄惨な事件に加担でき、それを道徳ととらえ醜い行為と気付かない、そして弱者は傍観者でいるしかない哀しみに包まれ、人間という存在はいかに愚かで滑稽か。その描き方で志向したものはリアリズムではなく、戯画の精神であると思える。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操をモットーに選んでいます。 何度も、観る度に感動する映画は大切ですが、二度と観たくない衝撃に出会うのも楽しみです。

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