老いを自覚する義父と薄幸の嫁、その深層の愛を描く
《あらすじ》老いを自覚し始めた尾形信吾(山村聰)は、自分と同じ会社に務める息子修一(上原謙)の嫁・菊子(原節子)に特に目をかけていた。菊子は明るく、いつも笑顔で、子どもっぽくもあり、そこが魅力でもあったが、かつて憧れた、妻保子の死んだ姉の面影を重ねてもいた。
しかし修一は外に愛人を作っていて、そのことを知った信吾は菊子を一層不憫に思うが、修一に反省の気持ちは見られなかった。
そんなところへ修一の妹・房子が夫と諍いを起こして子連れで戻ってきた。
それぞれの仲を取り持とうとする信吾だったが、修一の女・絹子は修一と別れ、妊娠中の子は自分で育てると言う。彼女は戦争未亡人だった。
一方の房子は、再び家出をして今度は信州の田舎に逃げ込んだため、信吾は修一を迎えに行かせた。
修一が房子たちを連れ帰るが、修一と菊子の距離は縮まらず、夫婦仲を改善するため別居を考えて、信吾は菊子に提案するが、菊子の口から「心細い」と言われ、その日から菊子は体調を崩してしまう。
信吾が修一に問いただすと、何と菊子は身ごもった修一の子を自らの意思で堕胎したことがあり、それは修一が浮気をしている間は産まないという決心からだった。
信吾は絹子を訪ねるが、既に修一と絹子の関係は切れていて、せめてもの気持ちと金を渡すが、絹子は手切れ金と解釈した。
その夜、帰宅すると家に菊子の姿はなく、静養のため実家に帰っていた。
やがて菊子から連絡を受けた信吾は、新宿御苑で彼女に会い、修一と別れるという決心を聞いた。
信吾は、自分の些細な労りが菊子を束縛してしまったと謝罪し、そんな信吾に菊子は泣き崩れた。
信吾も老妻と共に故郷の信州に帰る決心を伝えてエンド。
《感想》老いを自覚し、ふと耳にした「山の音」を死期の告知と怖れながら、息子の嫁に自分と同種の孤独を感じ、淡い恋情を抱く主人公。義父と嫁の間の深層に埋もれた愛の交感が描かれる。
一方、戦地から帰った復員兵の修一は、どこか心に傷を負っていて、その浮気相手は戦争未亡人だった。修一は自らの家庭を崩壊させ、愛人との間も破綻させてしまったが、日本の敗戦とそれに続く戦後とが、日本の家庭にもたらしたもの、引きずってしまった傷も描いている。
しかしながら、映画では原作(川端康成)の持ち味を十分に言い尽くしていないのではないか。信吾が抱いている身近な死の予感と、今なおくすぶり続ける密やかなエロティシズム……こんな死に裏打ちされた繊細で複雑な感情とか、空気感までは映画からは読み取れず、上質ではあるが“平凡な家庭劇”に終わってしまったようである。
映像でしか表現できない感情の世界もあるが、映像では表現しにくい言葉の世界もあると感じた。
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