アニメという言葉で紡ぐ詩のような青春ストーリー
《あらすじ》第1話『桜花抄』:桜の花びらは秒速5cmで落ちると話す明里は小学校卒業とともに栃木県岩舟に転校していて、中学1年の3学期で同級生の貴樹も鹿児島に転校することになった。遠く離れてしまう前に二人は会うことになり、貴樹は住んでいる世田谷区豪徳寺から東北本線経由で両毛線の岩舟駅に向かう。
ところが雪で電車は大幅に遅延し、会えたのは夜11時過ぎ。待っていた明里とともに弁当を食べ、初めてのキスをし、畑の納屋で夜を過ごした。
翌朝の別れ、二人とも手紙を書いてきたが、貴樹は風に飛ばされ、明里は渡すことができなかった。お互いの距離と永遠の別れを予感する。
第2話『コスモナウト』:種子島の高校に通う貴樹は弓道部、花苗はサーフィンに打ち込んでいた。花苗は貴樹に恋をしていたが告白できずにいて、貴樹は出す宛てのないメールを打ち続けていた。
久しぶりに波に乗れたその日、花苗は告白すると決めていたが、そこはロケットが飛ぶ島、二人の後ろを飛んでいくロケットに目を奪われている貴樹に、彼は自分に優しいがずっと遠くを見ていると感じ、恋の終わりを予感する。
第3話『秒速5センチメートル』:春の東京。明里はまもなく別の男性と結婚することになっていて、貴樹は東京に来てから3年付き合った女性と別れた。東京に進学した貴樹は、会社勤めに限界を感じ、今は自宅で仕事をしている。
東京に嫁ぐ明里も上京している。貴樹と明里らしい女性が踏切ですれ違い、遮断機が下りて、貴樹は通り過ぎた電車の向こうを振り返ったが、女性の姿は既になかった。全て過去の残像であったかのように。
《感想》この鬱々と逡巡し、呪縛から抜けられない青年の世界は、後の『言の葉の庭』『君の名は。』より深く観客を混沌とした迷路へと誘い込む。
単に優柔不断な男の青春記と見ることもできるが、年少期の恋愛感情は純粋なだけに忘れ難く引きずりやすいもの。過去の思い出に出来ればいいのだが、彼女との美しい世界に囚われたまま大人になり、現実を直視できず彷徨ってしまう男がいても不思議ではない。
貴樹がもっと自らの気持ちに正直に行動できたなら、また物理的な距離を言い訳にせず自分の気持ちを伝えていたなら、別の展開が待っていたのかも知れない。そんな男の未熟さと未練は甘酸っぱくて切なく、観客は多少の気恥ずかしさを感じながら、その世界へと誘い込まれる。
ラスト、踏切で二人がすれ違い、振り返ると彼女の姿はなく、山崎まさよしの歌が流れる。「いつでも捜しているよ、どっかに君の姿を。こんなところにいるはずもないのに。」
貴樹は少し微笑み、その場を後にするが、この最後の微笑をどう捉えるか。心の中の明里が消えて、やっと新たな道を歩き出せるのか、それとも……。
新海監督の映像は丁寧で美しく、まさに抒情詩の世界である。身近な家電、時計、文房具、駅舎や電車、人工的なモノの描き方は精緻を極め、また、降りしきる雪、押し寄せる波、それらの自然も写実に徹した細やかな表現で、風景に対する思い入れすら感じられる。それは単に自然の営みだけでなく、人の心と溶け合って、風景が言葉を持っているかのように雄弁な語り手になっている。
いい大人がアニメかと抵抗はあるだろうが、本作と『言の葉の庭』はこっそりと観て欲しい。ファンタジー色は薄く、ピュアでストレートな感傷世界に浸れる。
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