『浮草』小津安二郎 1959

旅の一座のドタバタを猥雑にして格調高く描いた人情ドラマ

《あらすじ》志摩半島の小さな港町にある芝居小屋の相生座。12年ぶりに嵐駒十郎(中村鴈治郎)率いる一座が訪れ、一行は興行期間中、小屋の二階の大座敷に寝泊まりする。一座には連れ合いに近い愛人のすみ子(京マチ子)、その妹分の加代(若尾文子)らの役者がいた。
そしてこの地には、駒十郎が子どもまでもうけた間柄のお芳(杉村春子)が一膳飯屋を営んでいて、その子ども・清(川口浩)は郵便局に勤めていた。久しぶりの再会だったが、清には父親は死んで、駒十郎はお芳の兄と言ってある。
駒十郎と清は釣りに行ったり、将棋を指したりと仲睦まじく、その関係に感づいたすみ子が腹いせに、加代をそそのかして清を誘惑させる。
ところが、清はその手にのってきたのだが、毎日会っているうち、加代もその気になって二人は愛し合うようになる。そしてある日、駒十郎が逢引する清と加代を目撃し、それがすみ子の差し金と知って、駒十郎とすみ子の仲は険悪になってしまう。
芝居は期待に反して客入りが悪く、間もなく興行は打ち切られることになって、座員の間に不安が漂い、加えて役者の一人が一座の金を持ち逃げしてしまって、ついに一座は解散となる。
別れの会を催すが、駒十郎とすみ子のわだかまりは消えず、そしていつの間にか消えた加代と清の駆け落ちを知ることになる。
清は加代との仲を認めてもらおうとお芳の店に二人して戻るが、待ち受けた駒十郎と諍いになってしまい、ついにお芳から駒十郎が父であることを告げられる。親子三人で暮らそうという両親の思いを清は身勝手だと反発し、その言い分に納得した駒十郎は、再び旅に出て役者として出直すことを決意して、加代と清の仲を認めたうえで去っていく。
旅に出ようと駒十郎が駅に行くと、夜の待合室にはあてどなく佇むすみ子がいて、知らん顔をする駒十郎に「二人で一からやり直そう」と言い、それもいいかと駒十郎も考え直す。所詮離れられない二人が、並んで夜汽車に乗り込んでエンド。

《感想》旅回り一座の親方と、親方を父とする母子がいて、親子の絆や確執、愛人の嫉妬、実の子の恋愛等々、物語は慌しく展開する。
それはまさに負の連続で、興行はうまくいかず、愛人とは険悪な仲になり、実の息子は旅芸人と駆け落ちをして、おまけに役者の裏切りから一座の解散を余儀なくされる。湿っぽくなりそうな話だが、それぞれの道を選んで、納まるべき所に納まって再出発という意外に爽やかな結末を迎える。
小津唯一の大映作品で、遡ること25年前の映画『浮草物語』の自らのリメイクだが、鴈治郎、京、若尾が加わると、松竹の小津とは一味違い、逞しくて、粘着質で生々しい人情ドラマが出来上がる。
駒十郎とすみ子の罵りあい、また寄り添ってしまう離れ難い心情は深く胸に響き、駒十郎が父と名乗れないわが子に示す愛に溢れた眼差しは涙を誘う。
格調を崩さない程度に猥雑で、役者も生き生きしている。特に笠智衆の寡黙にして静に対し、鴈治郎の饒舌で動が際立っていて楽しめる。また、京の嫉妬深いながら健気、若尾の妖しげでいて可憐、これはハマリ役である。撮影は宮川一夫。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操をモットーに選んでいます。 何度も、観る度に感動する映画は大切ですが、二度と観たくない衝撃に出会うのも楽しみです。

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