『マンチェスター・バイ・ザ・シー』ケネス・ロナーガン

罪からの解放を求めて世捨ての道を選んだ男の物語

マンチェスター・バイ・ザ・シー

《公開年》2016《制作国》アメリカ
《あらすじ》ボストンに暮らす中年男リー・チャンドラー(ケイシー・アフレック)は、アパートの設備修理を請負う便利屋だが、不愛想で短気なため評判が悪い。そんな彼に兄ジョーが危篤という知らせが届き、故郷マンチェスター・バイ・ザ・シーに行くが、既に兄は他界し、リーは兄の一人息子パトリック(ルーカス・ヘッジズ)の後見人に指名されていたことを知る。
パトリックの母はアル中でだらしなく、夫と子を捨て失踪している。唯一の肉親であるリーは故郷から1.5時間ほど離れた今の住まいを離れられず、パトリックも学校や友達から離れるのを嫌がり、二人して困惑する。
リーにはもう一つ故郷に帰りたくない理由があった。昔、リーは妻ランディと三人の子どもと共にこの地に暮らしていたが、自らの暖炉の不始末で火災を起こし、三人の子を失うという過去を持っていた。そして妻とは離婚し、彼は辛い過去を忘れようとこの地を去り、世捨て人のような暮らしを送っていた。
冬場は地面凍結で埋葬できず、兄の遺体は春まで冷凍保存されるという。それでも葬儀は行われ、再婚相手を連れた妊婦のランディと再会するが特別な感慨は湧いてこない。
パトリックの母エリスの所在が分かり、今は更生し再婚した彼女が後見人候補にあがるが、面会はしたものの、無理があるという結論になった。
その後もいらだって喧嘩をしたり、炊事中のうたた寝から危うく火事を起こしそうになったり、やはり後見人の資格なしと悟ったリーは、何かと面倒をみてくれる旧友ジョージ夫妻に世話を頼むことにする。
リーと共にこの地に住むことを願っていたパトリックは、肉親の情を断ち切られたように落胆するが、過失からこの地で子どもを失った叔父の気持ちを汲んで、やむなくその考えを受け入れる。
春が訪れてジョーは埋葬され、リーは赤ちゃん連れのランディと偶然に会う。ランディから、リーを責め続けてリーの心を壊してしまったという詫びの言葉を聞き、二人して心から赦し合い抱擁する。
そしてリーはパトリックに対し「お前が暮らせるアパートを用意するから、いつでも来い」と話し、兄の残した船上で二人が仲良く釣りをしてエンド。



《感想》突然ワケもなく爆発する暴力、他人との関わりを拒否したその生き方。その背景にあったのは、自らの過失によって家族の命が奪われた男の壮絶な過去であり、許しがたい自分への怒りだった。
もう一人、アル中の母が失踪し、父を病気で失った16歳の孤独な少年がいた。性に目覚める年頃の多感な少年に、父を失った悲しみの実感は湧いてこないが、冷凍チキンを見て冷凍される父親を思いパニックに陥るあたりから、二人の距離が急に近づく。
しかし、それ以上歩み寄ることは出来なかった。リーは過去に縛られない地で、パトリックは父の残した船とガールフレンドがいる地で、それぞれ生きていこう、最も近しい肉親として支え合いながら、という結論に至る。
叔父の気持ちに理解を示そうとする少年の成長があり、二人の心の交流が深まるにつれ、二人とも穏やかな表情を取り戻していく。
決してハッピーエンドではないが、温かい余韻に浸れる秀作。そして美しいがどことなく寂しげな街並みと海辺の風景が印象に残る。

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投稿者: むさじー

映画レビューのモットーは温故知新、共感第一、良品発掘。そして、世間の評価に関係なく私が心動かされた映画だけ、それがこだわりです。やや深読みや謎解きに傾いている点はご容赦ください。 映画は広くて深い世界、未だに出会いがあり発見があります。「いやぁ~映画って本当にいいものだ」としみじみ思います。