『心と体と』イルディコー・エニェディ

孤独な男女が夢で繋がる幻想的でリアルな愛のドラマ

《公開年》2017《制作国》ハンガリー
《あらすじ》ハンガリーのブタペスト郊外にある食肉加工工場が舞台。左腕が不自由な初老の管理職エンドレ(ゲーザ・モルチャーニ)の職場に、若い女性の食品検査員マーリア(アレクサンドラ・ボルベーイ)が入ってくる。
ところがマーリアは、仕事は人一倍几帳面で、記憶力は抜群にいいのだが、他人とのコミュニケーションが苦手で孤立している。
そんなある日、工場内で牛用の交尾薬が盗まれる事件が起き、犯人を割り出すため、従業員に対して精神分析医によるカウンセリングが行われる。そこで見えてきたのが、エンドレ、マーリアともに、口裏を合わせたかのように雪山に暮らす一対の鹿の夢を見ることだった。
そのことを知って二人は意識し始め、まずエンドレからアプローチしたものの、マーリアの頑なさから距離は縮まらず、一方のマーリアもぬいぐるみに触れたり、音楽を聴いたり、触れ合う努力はするものの、あと一歩自分の殻を破れないでいる。
そして今度はマーリアからアンドレへのアタックを試みるが、エンドレからは「友人でいた方がいい」という素っ気ない返事で、マーリアは入浴中に手首を切って自殺を図る。
とそこへエンドレからの電話で愛の告白を受け、自殺を思いとどまったマーリアは手首の傷の応急処置をしてエンドレのもとへ駆け付け、二人は結ばれる。その夜は二人とも鹿の夢は見なかったと話す。

《感想》マーリアの症状はアスペルガー症候群を思わせる。体が不自由な男と心を閉ざしている女、体と心にある種の歪みを持った孤独な二人が、雌雄一対の鹿という同じ夢を見たことから急接近していく。
舞台は食肉処理工場で、動物への情を介在させては成り立たない仕事であり、食肉である牛は未来のない運命に縛られている。二人の夢に出てくるのは心も体も解き放たれた自由な鹿の世界、牛は鹿のようにはなれないが、人間である二人は自由な愛の世界に思いを巡らせてしまう。
愛を拒否することで自分を守ってきた男は、愛に気付いて恐る恐る女に触れ、他人を拒否しうつむいて生きてきた女は、初めて前を向き触れ合い受け入れる努力を重ねる。
そしてエンディングは、願いが身を結び心と体が一体化したところに愛が生まれたという、本作のテーマに結び付く。
盗難事件の捜査に精神分析が介入するあたり、少し不自然な展開という気もするが、精神分析、生と死、男女の愛、それらが絡み合って重層的な作りになっている。また、女性監督らしい非常に繊細な映像で、雪山での鹿の眼差し、何事にも神経質なマーリアの一挙一動が象徴的、印象的に描かれる。
ファンタジー色の強いストーリーだが、生々しい牛の屠殺シーンが出てきたりして、血の色によって現実に引き戻される。この辺の表現はかなり粘着質で重くリアルで、エンタメ性には乏しいが、サスペンスタッチの心理ドラマとしては面白く、かつ秀作だと思う。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操をモットーに選んでいます。 何度も、観る度に感動する映画は大切ですが、二度と観たくない衝撃に出会うのも楽しみです。

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