貧しかった時代を生きた男女のすれ違いの愛憎劇
《あらすじ》昭和22年9月、北海道を台風が襲った最中、北海道岩内の質店に強盗が入り一家殺害の上放火されるという事件が起きる。その直後、嵐となった津軽海峡で青函連絡船転覆の惨事が起き500名以上の命が奪われた。
死体収容にあたった函館警察刑事の弓坂(伴淳三郎)は引取り手のない二つの遺体に疑惑を持ち、この二人が網走を仮出所したばかりの沼田と木島で、事件前に温泉宿で、殺された質屋の主人と接触があり、その宿帳から犬飼多吉(三國連太郎)の存在を割り出す。
同じ頃、青森県大湊の娼婦・杉戸八重(左幸子)は一夜を共にした犬飼から思いがけない大金をもらい、悲惨な境遇にあってその金で救われた八重は、借金を清算して東京に出る決心をする。犬飼を追う弓坂の尋問にあっても犬飼をかばい、何も話さない八重だった。
弓坂は海難事故当日、漁師から船を借りた男の話を聞きつけ、渡った先の下北半島で船を焼いた痕跡を見つけるが、捜査はそれ以上進展しなかった。
八重は東京で飲み屋の客引き、娼婦と職を変えながら10年が過ぎ、苦労しながらも犬飼の恩を忘れることはなく、金を包んであった新聞と犬飼の爪を肌身離さず持っていた。
そしてある日、ふと目にした新聞で、実業家・樽見京一郎なる人物の寄付の記事に犬飼の面影を見て、舞鶴に住む樽見に会いに行く。樽見に会った翌朝、八重は海岸に浮かぶ死体となって発見された。
八重にとっては恩人であり、ただ礼が言いたかっただけなのだが、犬飼にとっては自分の成功を壊すかも知れない過去を知る女の登場に、もみ合ううち殺してしまったのだった。
舞鶴署の刑事・味村(高倉健)と弓坂は、樽見を犬飼だと確信するが証拠がなく、あくまでシラを切る樽見に捜査は難航した。八重が残した犬飼の爪と金を包んだ新聞紙、そして海岸で船を焼いた灰を見せ、動揺した樽見は北海道へ行きたいと言い出す。自供が導き出せるかと同行するが、樽見は北海道に渡る連絡船から隙を突いて海に身を投げてエンド。
《感想》戦後の混乱期、この時代は誰もが貧しかった。家を支えるために娼婦となった若い娘がいて、強盗の片棒を担ぎ、その後の仲間割れで殺人を犯す男がいて、闇米に頼れない刑事の家では食うものにも困っていた。
男は女がくれた優しさの見返りにお金を渡し、女は男がくれたお金で救われた。女にとって男は時を経ても永遠の恩人であり純愛の人だが、金を元手に成功した男にとっては消したい過去だった。そのすれ違いで起きた悲劇だった。
頬がこけギラギラした目で握り飯をほおばる犬飼のハングリーさには凄味があるし、八重が犬飼の爪を頬に刺して恍惚となるシーンには鬼気迫るものがある。二人の演技に圧倒されるとともに、二人に割り込む弓坂の執念という静かな炎に、貧しくとも自分を貫く男の生き様を見る。
16ミリフィルムで撮影し、35ミリにブローアップすることで生まれる粒子の粗いざらついたモノクロ画面、ポジ像にネガ像をかぶせて異様な雰囲気を醸し出す演出など、これほど個性的で、この混乱の時代をリアルに描いた作品は見当たらない。
半世紀経った今観ても、その描かれた人物像は生々しく、ダイナミックな展開に引き込まれてしまう、まさにサスペンスの歴史的傑作である。
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