『クーリンチェ少年殺人事件』エドワード・ヤン

社会の不安と魔性の少女に翻弄された少年の純愛

牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件 デジタル・リマスター版

《公開年》1991《制作国》台湾
《あらすじ》1960年の台北、建国中学夜間部に通う張家の次男・小四(シャオスー)は、父は公務員、母は元教師、兄一人、姉二人、幼い妹という7人家族。同級生に王茂(ワンマオ)、飛機(フェイジー)、滑頭(ホアトウ)ら“小公園”と呼ばれる不良グループがいた。
小四は美少女・小明(シャオミン)と知り合うが、小明は“小公園”グループのボス・ハニーの彼女という噂で、ハニーは対立する“217”グループのボスと小明を奪い合い、その事件で台南に逃げているという。
ある日小四は、クラスに小馬(シャオマー)という軍の息子が転校してきて、“217”グループに因縁をつけられたところを助けられて親しくなり、小明にはほのかな恋心を抱くようになる。
“217”グループの現ボス・山東(シャンドン)は策を講じて滑頭に近づき、帰ってきたハニーと和解を話し合う中、走り来るトラックにハニーを突き飛ばし殺してしまう。小明はショックで寝込み、ハニーと懇意だったヤクザが“217”グループを襲って凄惨な抗争になり、山東も命を落とす。
その後、小四は小明との付き合いを注意されて反抗し退学になり、昼間部への編入試験を目指して勉強し、小明もそれを励ました。しかし、小明は失業中の母を家政婦に雇ってもらって小馬の家に住み込んでいて、小明と小馬の仲を、小四は滑頭から告げられる。
小四と小馬の仲に亀裂が入り、下校時に小馬を脅そうと小四は学校に行くが、小明に会い言い合いになり、その挙句、小四は心ならずも小明を刺殺してしまう。小馬は「小四がたった一人の友達だった」と涙を流した。



《感想》真面目で成績も悪くない小四は、本来このような事件を起こす少年ではないのだが、小明との恋の芽生えをきっかけに不良グループとの接触が増え、学校でのトラブルも増えていく。不安な社会状況にあって、大人社会は欺瞞に満ち、子ども社会にも理不尽さが押し寄せる中で、子どもなりの苛立ちもあっただろうが、印象的なのは小四が小明にだけ見せる無邪気な笑顔。純愛だからこそ衝動に走ってしまった。「なぜ?」という疑問とその純粋さ故の悲劇が胸に迫る。
小明は多くの男たちを惑わせる小悪魔的な美少女だが、貧しく頼るべき大人はなく、未来が見えない不安を埋め合わせるように、周囲の男を翻弄してしまう。彼女の死後、母親が自殺したという報が入るが、その切羽詰まった暮らしぶりが見え、一層切なくなる。
基本は青春映画なのだが、当時の台湾の(米と日の間で揺れる)不安な社会情勢、社会階層の複雑さ、様々な葛藤とそれ故の焦燥や対立が事細かに生々しく描かれる。作り手の気迫と、少年たちの心の機微まで全て描こうという誠実さが見える。

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投稿者: むさじー

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