『野いちご』イングマール・ベルイマン

孤独な老人の自己洞察を描く、若者に観て欲しい老人映画

野いちご

《公開年》1957 《制作国》スウェーデン
《あらすじ》妻に先立たれ、子どもも独立したため、家政婦と二人きりの寂しい日々を過ごしているイサク(ヴィクトル・シェストレム)は78歳の医師で、長年の医学への貢献を認められ、名誉博士の授与式に出席することになっていた。
しかし、前夜に自身の死を暗示する悪夢を見たため、飛行機でなく、義理の娘マリアンヌとともに車で行くことにする。途中、青年時代を過ごした邸に立ち寄り、草むらの野いちごを見て、当時のフィアンセ・サーラを思い出し、そのサーラを奪った実弟と心の傷に思いが及んだ。
曲がり角ですれ違う車とあやうく衝突しかけて、夫婦喧嘩中の二人を乗せ、その前に3人の無銭旅行中の若者を乗せていたので、5人が同乗する車となったが、夫婦の口論は際限がなく二人を降ろす。
まわり道をして96歳の老母を訪ねたが、相変わらずの頑固さで死さえも彼女を遠ざけているよう。車中まどろんで、妻カリンが愛人と密会する夢を見た。目覚めたイサクは、妻がイサクの無関心に耐えられず不貞を働いていたことを思い、そしてマリアンヌから、イサクの息子エヴァルドと彼女の間に子どもがいないのは、イサクを見て育ったエヴァルドが家庭というものに絶望しているからと告げられる。
研究者としての輝かしい名声とは裏腹に、イサクの人生は空虚なものだった。自由奔放な若者、不毛な夫婦喧嘩を繰り返す男女、引っ越していったイサクを今でも慕うガソリンスタンドの店主とその妻、そしてイサクの老いた母親、彼らとの出会いと過去への後悔が徐々にイサクを変えていく。
無事に授与式を終えたイサクはその夜、エヴァルドと家族のことについて誠実に話し合う。寝室の外では昼間出会った若者たちがイサクの栄誉を心から祝福していた。イサクは満ち足りた気持ちで眠りに就き、見る夢は前夜の悪夢と違い、不思議な充足感を伴うものだった。



《感想》イサクの旅は他者を通して自分自身を見つめ直す旅。
彼の求めた人生というのは、人間の愚かさを拒否し、人との関わりを避け、理性や研究に生き、その結果、高い業績と評価を得た。しかし振り返ると、過去の記憶による苦痛や後悔が悪夢や幻想となって今のイサクを苦しめている。
旅における人との出会いはそんなイサクを変えた。今まであまりにも他人に無関心だったことに気付く。名声を勝ち得た人生だったが、老境に達して初めて、他者の姿に己が姿を映し見て、人の繋がりやその温かさ、平凡な家庭の幸せに気付かされ、そして安寧の境地にたどり着いたといえる。
こんな格調高い老人は稀だが、孤独なままではきっと他人の感動に関心は向かなかっただろうし、それを理解することなどとても……。そんな内向的な老年心理を描いた映画である。若い人には退屈かなとやや心配だが、ぜひ観て欲しい映画である。

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投稿者: むさじー

映画レビューのモットーは温故知新、共感第一、良品発掘。そして、世間の評価に関係なく私が心動かされた映画だけ、それがこだわりです。やや深読みや謎解きに傾いている点はご容赦ください。 映画は広くて深い世界、未だに出会いがあり発見があります。「いやぁ~映画って本当にいいものだ」としみじみ思います。