息子と父、互いの思いと家族の有り様を描いた名作
《あらすじ》居酒屋でアルバイト生活をする哲夫(永瀬正敏)は母の一周忌で帰郷する。親族が集まる居心地の悪い中、東京でサラリーマン生活を送る兄の忠司(田中隆三)は父・昭男(三國連太郎)の今後の生活を心配するが、哲夫はその父親からフラフラした生活をたしなめられ、二人の溝は深まるばかりだった。
東京に戻った哲夫は仕事を変え、下町の鉄工所で働き始めたが肉体労働のきつい仕事だった。そんな中、取引先の倉庫で働く征子(和久井映見)という女性に出会う。毎日顔を合わせながら微笑むばかりの征子にもどかしさを感じた哲夫は、その想いを手紙に書いて征子に渡す。そこで彼女がろうあ者であることを知り衝撃を受ける。そして夏が終わり冬になった。
戦友会で上京した父親に、兄忠司は東京のマンションで一緒に暮らそうと誘うが、父親は岩手での暮らしを選んで同居を断り、帰郷する前に哲夫のアパートに寄る。哲夫から「結婚したい女性」として征子を紹介され、一生懸命に言葉を交わし、手話やファックスでやり取りする二人を見ながら、父昭男は心温まる安らぎを感じるのだった。征子が帰ったアパートで、哲夫は父親が歌う姿に初めて接し、そこには父の真の嬉しさが込められていた。そして、哲夫の結婚を心から喜ぶ昭男は、東京で買ったファクシミリを持って、雪降り積もる岩手の実家に帰るのだった。
《感想》ストーリーやキャラ設定には小津安二郎「東京物語」の影響を感じるが、更に今風にして社会派の一面を色濃くした印象である。
妻に先立たれ、頑固だが老いが目立ってきた父は田舎で一人暮らし、東京で暮らす長男は世間体や親戚の目が気になりマンションでの同居を勧めるが、嫁の心情は複雑で、年老いた姿を哀れに思う反面、義父との同居を疎ましくも思っている。そんな思いを感じ取り、窮屈な都会暮らしを憂えて同居を断り故郷での一人暮らしを選ぶ父。この辺の「ままならなさ」は今も同じである。
出来の悪い次男は、フリーターを脱して定職に就くが辛さにめげそうになり、そんなとき耳の聞こえないマドンナに出会って生きる支えを見つける。次男は恋人を父親に紹介する際「この人には俺が必要で、俺にはこの人が必要なんだ」と宣言する。次男の成長、つかんだ幸福を素直に喜ぶ父親だが、喜びに興奮してなかなか寝付けず、夜中にビールを飲んで「お富さん」を歌いだす。そんな父親の思いを素直に受け止める息子。言葉にならない互いの思いが溢れ出るシーンで、思わず涙腺が緩む。
ラストは実家へ帰り誰もいない部屋で一人、家族がそろっていた頃を懐かしんで終わる。過疎地の高齢化問題を示唆していて、これも今に通じる。
三國の圧倒的存在感、永瀬の一途なダメ男ぶり、和久井の輝くような美しさ、これらがこの名作を支えていて、山田の社会派ドラマとしては、重すぎず暗すぎないのがいい。
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