『お茶漬の味』小津安二郎 1952

温厚な夫とわがままな妻、望ましいのは遠慮のない楽な暮らし

お茶漬の味

《あらすじ》大企業の部長・佐竹茂吉(佐分利信)と妙子(小暮実千代)の夫婦は住み込み女中付きの何不自由ない暮らしをしているが、信州の田舎出身の茂吉と都会のお嬢様育ちの妙子は、生活態度や嗜好の面でその食い違いが気にかかってきた。
妙子は友達の雨宮アヤ(淡島千景)や姪の節子(津島恵子)らと修善寺に出かけてうっぷんを晴らし、夫を「鈍感さん」と呼んでいた。茂吉はそんな妻の遊びには一向に無関心で相変わらず慣れ親しんだ「朝日」を吸い、隠れて味噌汁かけご飯を食べていた。
節子のお見合いの日、会場の歌舞伎座からこっそり抜け出した節子は、茂吉や若い岡田(鶴田浩二)とともに競輪、パチンコと遊び歩き、そのことを叱った妙子に茂吉が「無理に結婚させても自分たちのような夫婦がもう一組出来るだけだ」と言い妙子の心を傷つけてしまう。それ以来妙子は口もきかず、よそよそしい態度で振る舞い、その挙句妙子は神戸の友人宅に遊びに行ってしまう。折しも茂吉には言い出せずにいた海外出張の話が急に決まり、妙子が帰らないまま日本を発ってしまう。
茂吉のいない家に帰った妙子は、周囲から批判され、急に寂しさ、空虚感に襲われていると夜更けに思いがけなく茂吉が帰ってきた。飛行機の故障で引き返し、翌朝飛ぶと言う。お茶漬が食べたいという茂吉に、二人して台所に立ち、残り物でお茶漬を食べる。夫婦には「遠慮のない楽な暮らしが望ましい。いわばお茶漬の味」という言葉に妙子は初めて夫婦というものの味をかみしめている。一方、見合い話を断った節子は岡田とデート中で、若い二人の痴話喧嘩でエンド。



《感想》素朴で温厚な夫、お嬢様育ちでわがままな妻。無関心を装っているが耐え忍んでいる風な茂吉の堪忍袋の緒が切れて……とヒヤヒヤしていたが、思わぬ飛行機トラブルで帰宅した夫に妻の詫びが入る。夫の不在に初めて気づく一人の寂しさ、遠慮のない楽な暮らしこそ夫婦のあるべき姿、二人して食べるお茶漬の味に温かいものを感じた。しみじみと夫婦の機微、結婚のあり方を考えさせるホームドラマの王道。
茂吉と岡田の会話で「パチンコは純粋の孤独」「競輪は人生の縮図」と言っていたが、娯楽が少なかった時代、今と違った思い入れがあったのかも知れない。今はともに単なるギャンブルだが。
当時の東京の風景、皇居、後楽園球場、歌舞伎座、羽田空港が登場して、タイムスリップして東京見物をしている気分になる。

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投稿者: むさじー

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