記憶喪失の男と、待つ女のミステリアスな出会いと結末
《公開年》1960 《制作国》フランス、イタリア
《あらすじ》テレーズ(アリダ・ヴァリ)はセーヌ川に近いカフェレストランを切り盛りしていて、恋人に近い存在のピエール(ジャック・アルダン)がいた。
ある日、店の前を通る浮浪者(ジョルジュ・ウィルソン)を目にし、16年前、ゲシュタボに捕らえられたまま消息不明の夫アルベールに似ているため、店に導き入れて聞くと記憶喪失の身であることを知る。
男の後を尾行し、男と言葉を交わし「もしや」という気持ちが確信に変わっていく。アルベールの叔母と甥を呼んで会わせたものの決定的な確証は得られないままだった。
ある夜、男を招いて晩餐をし、ダンスをし、彼女は幸福な記憶に涙するが、記憶を呼び戻せない男は背を向けて立ち去ろうとする。彼女も、一部始終を窺っていた近所の人たちも「アルベール」と呼ぶが、男は一瞬立ち止まった後、脱兎の如く逃げ出しトラックの前へ。
テレーズは気を失い、気が付くとピエールから「彼は無事で、どこかへ行ってしまったらしい」と聞く。テレーズは「冬を待つわ。寒くなったら戻るかも知れない」と呟き、エンド。
《感想》愛する夫を戦争に奪われ、消息不明になって16年「まだ生きているはず」とひたすら信じそれを支えに生きてきた女。だから、人違いかも知れないのに偏執狂ととられかねない行動に出て、男が去っても、たぶん永遠に待ち続けるのだろう。それが今を生きている意味だから。
男は自分に優しくしてくれる女に親しみは持つものの、記憶は戻らず、自分がどうしていいのか、訳の分からない不安に襲われる。結局男は女の元を去るが、ピエールが言う「無事」も彼女を支える優しい嘘かも知れない。
戦争がもたらした長い不在、戦争によって引き裂かれた男と女、純愛というにはあまりに切なく、戦争の悲劇とともに重く心に響いてくる。
反戦映画にしてミステリアスな恋愛ドラマなのだが、その要因は「記憶を蘇らせることが出来るか」という展開と、「男は本当にアルベールなのか」という謎解きに惹き込まれるからである。
語り過ぎない、全てを明かさない、感情表現は演者の表情や所作に委ね、声高でなく静かに訴えてくる。現代の映画が失った古い名画の良さがここにある。
アリダ・ヴァリはこのとき39歳、モノクロの繊細な陰影、抑制された静謐な映像の中で、絶対ではない記憶の深淵と希望の間で揺れ動く女心を切なく美しく演じている。
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