大切な人を失い、その愛に気付くまでの心の軌跡を描く
《あらすじ》作家の衣笠幸夫(本木雅弘)は美容師の妻・夏子(深津絵里)を旅行中のバス事故で失った。20年連れ添ったが二人の関係は冷えていて、幸夫には愛人女性がいた。
事故調査委員会報告の席で、妻と一緒に亡くなった友人の夫・大宮陽一(竹原ピストル)に出会い、その家族との交流が始まる。
兄・真平(藤田健心)は中学受験性で、勉強に理解を示さないトラック運転手の父に反発し、妹・灯は保育園児でアレルギーを持ちなかなか幸夫になじまない。健気に生きる二人との触れ合いは幸夫にとって新鮮なもので、「思えば彼は子どもの寝息を聴く夜というものを知らなかった」と書く。
逃避行動とは知りながら満足を得ていた幸夫だったが、父・陽一の元に家族の世話をする女性が現れたり、トラブルがあったりで一時は疎遠になり、陽一が交通事故を起こしたことから再び家族の元へ。
妻の死を悲しんで泣き、最後のメールを消し切れない陽一を見て、幸夫は心底悲しめない自分はまだ妻の死をきちんと受け止めていないと実感する。一人になったとき「生きていると想うことの出来る存在が必要。人生は他者だ」と書く。事故から1年が経ち、作家として著書「永い言い訳」を出版し、陽一から生前の夏子の写真をもらい、やっと幸夫は涙を流せた。
《感想》妻を突然の事故で失った幸夫は、既に妻との仲が冷えていて、悲しみの感情が湧いてこない。同じ境遇ながら、陽一は妻を失ったことを怒り、心から悲しんでいる直情型の男で、その陽一家族との交流が始まり、幼い兄妹との疑似家族のような生活が生まれる。
自分の大切な家族を亡くして、すぐに涙が出なかったのは陽一の子ども・真平も同じで、そんな自分は薄情ではないかと罪悪感を持ってしまう。
また、残された妻のスマホに幸夫あてに「もう愛していない。ダメかもしれない」のメール下書きがあって、妻の愛の不在、妻の孤独を知りショックを受ける。今まで自己愛に支配されていた男が、人生には他者が必要と気づき、真剣に他者と向き合うことのなかった自分、まさに「自己中」だった自分に気付く。そのことを気づかせてくれたのが亡き妻であり、陽一家族だった。
「人生は他者だ」という言葉が重く響く。確かに他者を失って初めて気づく思いもあるし、他者との関わりでしか得られない幸福もある。
幸夫や真平にとって、悲しみの感情がすぐには湧いてこなかったが、誰しも、喪失から「悲しい」と実感するまでにはそれなりに時間がかかるもの、だから「永い言い訳」なのかと、勝手に解釈した。
これだけ思いを巡らす展開を、軽くは描けないが重くなり過ぎないように、淡々と描き、グイグイ引き込んでいく脚本は見事。本木はじめ役者もハマっているが、特に子役・藤田健心の演技が心に響く。
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