落語ネタだが笑いだけではない群像劇
《あらすじ》文久2年(1862年)の品川宿。お大尽を装って遊郭旅籠「相模屋」で豪遊した佐平次(フランキー堺)は、得意の口八丁手八丁で使用人を丸め込んで泊まり込み「居残り稼業」を決め込む。
同宿には高杉晋作(石原裕次郎)ら長州の志士が尊王攘夷のため異人館焼き討ちを練っていたり、女郎のこはる(南田洋子)とおそめ(左幸子)の争いがあったり、博打好きの大工を父に持つ住み込み女中、おひさ(芦川いずみ)が女郎に売り飛ばされそうになったり……。
佐平次は、女郎と客とのトラブルを要領よく解決し、店のピンチを救い、おまけに女好きの道楽者という店の若旦那とおひさの駆け落ちを手伝うなど八面六臂の活躍をする。
しかし、佐平次の体調はどんどん悪くなり、異人館焼き討ちの実行を見て、宿を出る荷造りをしていると、こはるのしつこい得意客を追っ払って欲しいと依頼され、「こはるは死んだ」と嘘をつき、適当な墓石に案内して、客の「地獄に落ちるぞ」の叫びを背に、一目散に駆け出してエンド。
《感想》冒頭、撮影当時の品川(舞台となる「さがみホテル」)が映され、昔に遡っていく。そしてこの宿を舞台にして様々な出来事が起こる「グランドホテル形式」の構成でテンポ良く描かれる。
落語ネタを題材に、芸達者を集め、特に佐平次を演じるフランキー堺は落語さながらの滑舌のいいセリフ回しとコミカルな動きで器用な男を演じ、一方で病んでいく男の影をさりげなく漂わせている。
宿に絡む様々な人物が登場し、それぞれの事情が絡み合っていくのだが、破綻がなく、警戒に物語が展開していくので、全く退屈することはない。
落語ネタのコメディ映画なのだが、登場人物の生き様や人間臭さには妙なリアリティがあって、これは笑いだけでなく、人間の欲や愚かさ(主人公にあっては病を抱えた辛さ)まで描き込んだゆえのものだろう。60年以上過ぎた今観ても古さを感じさせない精巧な作りになっている。
本作には、実は「幻のラストシーン」があったそうだ。作品では墓場から駆け去るシーンで終わっているが、脚本段階では墓場のセットを突き抜け更にスタジオの扉を開けて現代の街並みを走り去って行くものだった。すると冒頭のシーンと連鎖するのだが、周囲の反対でボツになったという。
これには更に後日談があって、川島の死後、反対したことを悔やんだ今村昌平(本作の共同脚本・助監督)は、自身のドキュメンタリー映画「人間蒸発」でラストシーンの部屋がセットだと明かすことによって、ドキュメンタリー映画と現実社会の境界の曖昧さを問いかける、という演出を行っている。
更に言うと、寺山修司「田園に死す」のラストで、東北の旧家のセットが崩壊すると70年代の新宿が現れるという演出も、この影響がうかがえる。
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