『日曜日には鼠を殺せ』フレッド・ジンネマン 

元ゲリラ、警察署長、神父、それぞれの「正義」

《公開年》1964 《制作国》アメリカ
《あらすじ》1939年、スペインの内乱はフランコ軍の勝利に終わり、ゲリラのリーダーだったマヌエル(グレゴリー・ペック)はフランスに亡命して20年が経った。今は年老いて知る人も少ない彼をパコという少年が訪ねて来て、警察署長ヴィニョラス(アンソニー・クイン)に父を殺されたパコは、父の旧友マヌエルに父の仇をとってくれと頼む。
一方の警察署長はいまだにマヌエル逮捕を目論んでいて、国内に住むマヌエルの母が重体であることを知り、知らせれば来るに違いないと、かつてのマヌエルの仲間で密輸商人のカルロスを使いにたてる。だが母は息子が罠にかかることを心配し、フランスに向かうフランシスコ神父(オマー・シャリフ)に息子を来させないよう託し息を引き取った。神父はマヌエル宅を訪ね、少年に手紙を託すが、母の死を知れば帰郷はせず、父の仇はとってもらえないと思った少年は手紙を破棄してしまう。
カルロスもマヌエルの元に来るが、少年に素性を見抜かれて逃げる。また、神父は旅の途中でマヌエルに捕まるが、語り明かすうち神父の心の温かさに触れ、マヌエルは神父を解放し、帰郷することを決意する。老いた革命家を動かしたものは、平和の中で余生を生きて朽ちるよりも、革命家として戦って死にたいという選択だった。
それを罠と知りながら、あえて祖国に帰ろうとピレネーを一人で越え、厳重な警戒の中、戦いに挑んだ。裏切り者カルロスを倒し、自らも銃弾をあびて死んだが、軽傷の警察署長は「母の死や罠を知りながらなぜ乗り込んで来たのか?」とマヌエルの真意を測りかね、神父はマヌエルの死体を涙で見送った。

《感想》革命家と警察署長、二人とも単純な英雄でも法の番人でもなく、人間らしい欲望と名誉欲を持つ俗人である。マヌエルが全てに終止符を打ちたいと思ったきっかけは、忌み嫌っていた聖職者(神父)に「自己犠牲と善意に満ちた姿(=正義)」を見て、そこにかつての自分の志を思い起こし、また避けられない老いと諦念を感じたから。
そして最終的に殺害対象に選んだのは宿敵警察署長ではなく、裏切ったかつての仲間だったが、そこにもマヌエルの落胆と苦悩が見える。
軸になるテーマは「正義」か。元正義のゲリラリーダーと現正義の神父、正義の皮を被った権力者、正義から別の正義に乗り換えた裏切り者……ひとつじゃないからドラマが生まれる。
物語はシンプルだが、マヌエル、警察署長、神父、裏切り者、それぞれの心の葛藤を、丁寧に淡々と描いていく。そして深い。だが娯楽性には乏しい。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操をモットーに選んでいます。 何度も、観る度に感動する映画は大切ですが、二度と観たくない衝撃に出会うのも楽しみです。

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