時代の闇の中に、女性の自立を描く岩井ワールド
《あらすじ》派遣教師の皆川七海(黒木華)は情熱を持てないまま働いていたが、SNSで知り合った男と結婚することになり、親戚、友人が少ないことから、代理出席を依頼した「何でも屋」の安室(綾野剛)と知り合う。
しかし、結婚の後に夫の浮気が発覚し、それを解決しようと臨んだ七海は義母から浮気の罪をかぶせられてしまい、ついに離婚することになるが、一連の動きが義母の画策であり、夫が異常なマザコンであったことが、後に安室から明かされる。
安室から勧められた最初のバイトは結婚式の代理出席で、ニセの家族の一員になり、真白(Cocco)と出会う。そして次のバイトは、オーナーが不在の間、住み込みで屋敷を管理するメイドだったが、そこには既に真白が住み込んでいて、二人の奇妙な生活が始まる。
真白は破天荒な性格ながら七海を愛し、AV女優であることを隠して楽しく生活するが、実は末期がんで、安室に大金を払って依頼した「七海と住みたい、一緒に死にたい」という願望の生活だった。
そして真白は毒貝を握って死に、七海は生き残って目を覚ます。遺骨を持って真白の母(リリィ)を訪ねるが、「人前で裸をさらす娘なんて……」と悪態をつきながら、自ら脱いで酒を飲んで号泣し、安室、七海もそれに付き合う。そして、七海の新生活がスタート。安室から粗大ごみの家具を贈られ、足が地に着いた生活で、現実生活でも何かふっ切れた七海の姿でエンド。
《感想》タイトルの「リップヴァンウィンクル」はアメリカ版浦島太郎の物語で、真白(Cocco)のSNSのハンドルネームを指している。
SNSで結婚し、失敗してニセ家族の一員になった、現実世界に暮らす七海(黒木)は、末期がんの女性・真白と出会うことで、彼女が願った虚構の世界(ミステリアスな豪邸での暮らし)に足を踏み入れる。
ここから現実と虚構が交錯する現代版おとぎ話の世界のように。
しかし、虚構世界でしか生きられない真白の心中崩れのような死で、生き残った七海の虚構世界は壊れ、現実世界に戻されてしまう。
そんな七海や真白のように、その世界で苦しんでいる人たちを救う「つなぎ役」を果たしているのが安室(綾野)という怪しげな存在で、ネットという現代のコミュニケーションツールを使って合理的に仕事を進め、すべては金のため、依頼する側も金を払って救いを求める。
ここに真の救いがあるのかは疑問だが、時代の要請であり、嘘の為せるわざでもあろう。
最終的に七海は、自己主張できず弱い存在だった今までの自分から脱却し、結婚とか家族とかに縛られず、自立した新しい自分で歩き始める。
同監督の今までの作品は、現実離れした不思議空間で起こる訳の分からなさが魅力(のように私は感じていた)だったが、本作では、それに漠然とだが「時代が持つ闇のようなもの」が加わった印象である。
作劇のうまさ、絶妙な展開は3時間という長尺をアッという間に駆け抜けた。
七海は、ポワンと流されているようだが、どんな状況でも意外にしぶとく生きていくような、独特な存在感を持ったキャラで、それは演じる黒木にも通じていて、思わず感情移入してしまう魅力的な女性像である。
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